アリ擬態
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(下)アリに擬態するアリグモの1種
アリ擬態(アリぎたい、英:Myrmecomorphy)は節足動物を中心とした他の生物種によるアリへの擬態のことを指す用語である。アリ擬態は異なる種で少なくとも70回以上独立に進化している。アリは世界中に極めて多くの個体数が生育するが、その多くが不味であったり攻撃的であったりするため、鳥類やハチ類といった視力を用いて獲物を探す捕食者はアリを避けることが多い。そこで、一部の節足動物はアリに擬態して捕食から逃れようとする(ベイツ型擬態)。あるいは、アリを捕食する生物、特にクモ類などには、アリの形態や行動を模倣することで警戒されずにアリに近づこうとするものもいる(ペッカム型擬態)。
アリ擬態者はしばしば好蟻性を持つことがある。すなわち、擬態者が擬態対象のアリと共生関係を築き一緒に生活することがあり、このような擬態者を「蟻客」と呼ぶ。アリによる外敵に対する強固な防御をかいくぐってアリの巣に侵入するため、擬態者がアリに似たフェロモンを産生して化学的に擬態したり、アリの体表面の微細構造を模倣することで触角で触られても外敵と判定されないようにする例が知られている。
種類
ベイツ型擬態
ベイツ型擬態において擬態者は自身では強固な防御策を持たないものの、強固な防御策をもつモデル種、すなわちこの場合ではアリに見た目を似せることで、捕食者からの攻撃を避ける。特殊なケースでは、アリが捕食者である場合もある[2][3]。非常に精巧な擬態もしばしば存在し、例えばSyringogaster 属のハエはきわめて精巧にクシフタフシアリ属のアリに擬態しているため、専門家でもハエが飛翔するのを見なければ両者の区別がつかないことがあるという[4]。アリは腰がくびれた体型を示すが、それとは異なった体型を示す昆虫においても、模様などを使ってアリの体型を視覚的に再現する擬態者もいる。例えば、アリ擬態カメムシのMyrmecoris gracilis は胸部後方と腹部前方にそれぞれ白い斑を持ち、これにより腰がくびれたかのような外見を呈する[1]。
300種以上のクモがアリの社会的行動や、形態的特徴、捕食行動などを模倣することが知られている。特にハエトリグモ科の多くの属でアリ擬態が知られている[5]。アリグモ属 Myrmarachne のクモはアリの形態的・行動的特徴を精巧に擬態するベイツ型擬態者として知られる。例えば、この属のクモはジグザグ歩行といったアリの移動の特徴を模倣することが報告されている[6]。加えて、第1脚、あるいは第2脚を空中でヒラヒラと動かすことでアリの触角の動きを模倣することも知られる。アリグモの仲間は華奢な体型をしているため、捕食者から素早く逃げることが可能でもある。本属におけるアリ擬態は、クモバチや他の大型ハエトリグモといった捕食者がアリを忌避することを利用するかたちで進化してきたと推定されている[7][8][9]。3種のカマキリについて行われた研究では、これらカマキリは本能的にアリを獲物としないように忌避するが、この行動がアリ擬態のハエトリグモにも適用され、同様に忌避することが明らかにされた[10]。クモのボディプラン上、アリ擬態を行うにはコストがかかる。例えば、アリ擬態を行うクモは、擬態を行わないクモに比べて体が細いが、これによりひとつの卵嚢あたりに入る卵の数が比較的少なくなってしまっている。この欠点をアリ擬態グモは、非擬態グモと比べて一生当たりにより多くの卵嚢を産みつけることで補っているようである[8]。
- ベイツ型擬態を行うハエトリグモの例
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Synageles 属の1種
アリへのベイツ型擬態はある種の植物においても植食者への対抗策として進化したと考えられている[11]。 トケイソウ属Passiflora のP. incarnata をはじめとした少なくとも22種で、アリに擬態していると推定される黒い斑点や縞がみられる[12]。
好蟻性
節足動物の中には、アリの巣に依存して生活する好蟻性を持つものがいる。こうした動物は好蟻性動物、または蟻客(ant guest)と呼ばれる[13]。そうした好蟻性動物は必ずしも視覚的には宿主のアリに似ていない[14]が、しばしばその触覚、行動、フェロモンを模倣するといった非視覚的な方法でアリになりすます。この擬態により好蟻性動物はアリの巣の中でアリに攻撃されずに生活することができる。ある種の甲虫では、グンタイアリ属のバーチェルグンタイアリのコロニーの行進に加わるような生態も知られている[15]。イエズス会の司祭であり、アリ擬態の発見者とされるエリッヒ・ワズマンは1894年の著作で1177種にも及ぶ好蟻性動物のリストを発表しているが、その後も今日に至るまで多くの好蟻性種が発見されている[15]。日本においても2007年時点において少なくとも17目46科約300種以上が確認されている[13]。
アリヅカコオロギ属のMyrmecophilus acervorum は最も早くから研究された好蟻性昆虫のひとつであり、イタリアの博物学者パオロ・サヴィによって1819年にはじめてこの種とアリとの関係が報告された[16][17]。このコオロギは多くの種のアリを宿主として利用し、大型の個体はヤマアリ属やクシケアリ属といった大型のアリに、小型の個体はケアリ属の働きアリなどに擬態している。このコオロギがアリの巣に到着すると、はじめは外敵として巣のアリに攻撃される。コオロギは逃げ回るが、逃げきれないとそのまま殺されてしまうこともある。しかし、数日のうちにコオロギは宿主のアリの動きに合わせることができるようになり、巣の中で受け入れられていく。 この擬態は、アリの挨拶行動を真似る行動の擬態と、アリのフェロモンを模倣する化学的な擬態の組み合わせによって成立していると考えられる。こうした社会性昆虫のコロニーに入りこむための擬態はワズマン型擬態と呼ばれることもある[17]。
ダニの仲間にもアリ擬態者が多くあり、アリの巣の中に多くの個体が生息する様子がしばしば観察される。バーチェルグンタイアリの一つのコロニーには20,000個体ほどのダニが同行しているという報告もある[15]。イトダニ科のPlanodiscus 属のダニは宿主のナミグンタイアリの脚に付着して生活する。このダニの体表面の微細構造はアリの脚表面のそれと小突起の配列に至るまで酷似しており、このためにアリが身繕いをしようと触角で触ってもこのダニに気づかないという効果をもたらしていると考えられる[17]。
オカチョウジガイの仲間の陸貝Allopeas myrmekophilos はハシリハリアリ属のLeptogenys distinguenda が作るビバーク(アリが自らの体で組み上げる巣のような構造)の中で暮らし、ビバークが移転する際にもアリに運ばれて移動する。ビバークの中でこの陸貝はアリによって捕殺された動物の死体を食べて生活する。この貝は宿主の働きアリのみを誘引する物質を分泌することが確認されている[18]。
シジミチョウ
約75%の種のシジミチョウが好蟻性をもち、蛹や幼虫がアリの巣への社会寄生を行う[19][20][21][22]。こうしたシジミチョウは保育フェロモンや幼虫の出す警戒シグナルを模倣し、アリの巣の中に溶け込んで生活する。中でもAloeides dentatis の幼虫には宿主であるアシナガキアリの仲間のAcantholepis caprensis を欺くためのフェロモンを分泌する器官があり、これを受容したアリはアリの幼虫と同様にシジミチョウの幼虫を世話することになる。 この関係において、アリは自身の幼虫と化学擬態したシジミチョウの幼虫を区別することができず、アリの幼虫と全く同じようにシジミチョウの幼虫を保護する行動をとる。ゴマダラシジミ属のPhengaris rebeli の幼虫も同様にクシケアリ属のアリを宿主とし、アリの巣の中で働きアリに給餌されながら育つ[22]。
寄生バチ
ヒメバチ科の寄生バチGelis agilisはケアリ属のLasius niger に擬態する。G. agilis は羽をもたず、アリの形態、行動、フェロモンとしてはたらく体表面の化学物質を模倣している[23][24]。危険を感じるとこのハチはアリの警戒フェロモンに似た物質を放出する。この擬態は、本種をアリによる攻撃から守るとともに、天敵であるコモリグモなどからの攻撃を避けるベイツ型擬態としても機能している[25][23] 。
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モデル: Lasius niger (ケアリ属)
ペッカム型擬態
ペッカム型(攻撃型)のアリ擬態者は、アリに擬態することで獲物への接近を容易にしている。ホウシグモ科やアリグモ属のクモの一部は[3]、アリへの擬態を利用してアリを捕食することで知られる。ただし、これらのアリ捕食者は視覚的にはそこまでアリに似ていないこともある[26]。アリクイカニグモ Aphantochilus rogersi はハキリアリの仲間を専門に捕食するペッカム型のアリ擬態者である。他のアリ擬態グモの場合と同様、本種のアリ擬態はベイツ型擬態としてクモバチなどの天敵からの攻撃を避ける役割も果たしている[27]。
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アリに擬態したアリグモ属のクモがアリを襲う様子
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ペッカム型、ベイツ型アリ擬態者であるアリクイカニグモ Aphantochilus rogersi
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モデル: ツムギアリ Oecophylla smaragdina
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擬態者: メスのMyrmarachne plataleoides (アリグモ属)はツムギアリの働きアリに似る
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擬態者: オスのM. plataleoides はツムギアリの働きアリが別の働きアリを運んでいる状態に似ている
幼若個体の防御
複数のグループの昆虫において、幼虫がアリに擬態する例が知られる。その場合、成虫は警告色や隠蔽的擬態(カモフラージュ)といった違う手段の防御策を持っている場合が多い[2][28]。
Odontomantis pulchra [29]やTarachodes afzelii をはじめとする一部のカマキリの若齢幼虫はベイツ型のアリ擬態者として知られる。より齢の進んだ幼虫や、成虫はアリ擬態者ではないが、隠蔽的擬態を行う捕食者であり、特にTarachodes 属のカマキリの場合はアリを捕食することが知られる[30]。
キリギリス科の若齢幼虫の中には、アリと非常によく似た外見を呈し、黒い体色を持つだけでなくアリに似た体型をもちアリに似た行動を示すものがいる[2]。彼らの触角はアリのそれよりも長い。しかし、その基部のみに黒い色を持つことで先端は目立たなくなっており、そのために実際よりも長さが短く見えるほか、それをアリの触角のように振るわせる行動もみられる。齢の進んだ幼虫ではキリギリス科に典型的な体色に変化し、行動様式も夜行性に変化する。そうした種の成虫は鮮やかな警告色を持つこともある[2]。
ナナフシの仲間のユウレイヒレアシナナフシ Extatosoma tiaratum は成虫の時はトゲのついた枯れ枝に似た外見をしている。一方、卵から孵化したばかりの幼虫は赤い頭部と黒い体躯をもち、アシナガミツアリ属のアリに非常によく似た外見をしている。幼虫の細長い体の端は丸め込まれて、アリの体型に似た見た目を作り出している。こうしたアリ擬態ナナフシには、アリ散布性植物種子にみられるエライオソームに似た脂肪に富んだ構造(capitulumと呼ばれる)を卵にもつものもある。こういった卵はアリを誘引し、巣の中に運び込まれる。脂肪に富んだ構造はアリによって取り除かれ食されるが、卵は無傷のままで、そのまま孵化することができる[28]。
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アリに擬態するカマキリの仲間のOdontomantis pulchra の若い幼虫
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アリ擬態性のキリギリスの仲間であるMacroxiphus 属の一種の幼虫
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ユウレイヒレアシナナフシの卵。エライオソームに似た脂肪に富んだ組織をもち、それに誘引されたアリの巣に運び込まれてそこで孵化する。
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孵化したばかりのユウレイヒレアシナナフシの幼虫。アシナガミツアリ属のアリに非常によく似た外見を示す。
傷ついたアリへの擬態
特殊なアリ擬態の例として、捕食されたアリへの化学擬態が2025年に報告された。東京大学の望月昂は同大学の小石川植物園において、キョウチクトウ科のタチガシワ Vincetoxicum nakaianum の花に多数のキモグリバエ科のハエが集まっているのを発見した。キモグリバエ科には、クモなどの狩りに便乗して捕食された昆虫の体液を吸う労働寄生性の種が知られる。そこで望月はタチガシワが昆虫の死骸に擬態してキモグリバエ類を誘引し、花粉を運ばせる送粉者として利用しているのではないかと仮説を立て、花の匂い成分を分析した。その結果、タチガシワの花の発する匂いは、アリ捕食グモであるアオオビハエトリがクロヤマアリやその近縁種を襲った際、傷ついたアリから発せられる匂いと酷似していることが分かった。キモグリバエ類が傷付いたアリの匂いに強く誘引されることも示され、タチガシワの特殊なアリ擬態がキモグリバエを誘引し送粉者として利用するためのものであることが示された[31][32]。
系統的分布
アリ擬態は幅広い系統の生物で報告されており、200属を超える分類群に属する約2000種の陸生節足動物で報告されている。アリ擬態は少なくとも70回独立に進化しており、例えばクモ類では15のクレード、アブラムシ類では10のクレード、ハネカクシ類では7のクレードで独立に進化している。節足動物以外においても、アリ擬態は軟体動物(陸貝)や種子植物でも進化している[15][14]。
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出典
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