メアリー・オブ・モデナ
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/25 06:15 UTC 版)
メアリー・オブ・モデナ Mary of Modena |
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イングランド王妃 スコットランド王妃、アイルランド王妃 |
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在位 | 1685年2月6日 - 1688年12月11日 |
戴冠 | 1685年4月23日 |
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全名 | Maria Beatrice Eleonora Anna Margherita Isabella マリーア・ベアトリーチェ・エレオノーラ・アンナ・マルゲリータ・イザベッラ |
出生 | 1658年10月5日![]() |
死去 | 1718年5月7日(59歳没)![]() |
埋葬 | ![]() |
結婚 | 1673年9月30日 |
配偶者 | ジェームズ2世(7世) |
子女 | 一覧参照 |
家名 | エステ家 |
父親 | アルフォンソ4世・デステ |
母親 | ラウラ・マルティノッツィ |
宗教 | カトリック教会 |
メアリー・オブ・モデナ(Mary of Modena, 1658年10月5日 - 1718年5月7日)は、イングランド・スコットランド及びアイルランドの国王ジェームズ2世(スコットランド王としては7世)の王妃。父はエステ家のモデナ公アルフォンソ4世・デステ。母ラウラ・マルティノッツィはジュール・マザラン枢機卿の姪。
イタリア語名はマリーア・ベアトリーチェ・エレオノーラ・アンナ・マルゲリータ・イザベッラ・デステ(Maria Beatrice Eleonora Anna Margherita Isabella d'Este)。
生涯
1673年に、当時ヨーク公だったジェームズと成婚した。プロテスタント派とカトリック派の対立が続く中、カトリックであるジェームズと公妃には風当たりが強かった。兄王チャールズ2世は数多くの庶子の父でありながら嫡出子がなく、ジェームズには既に前妻アン・ハイド(ジェームズの即位前に死去)との間の2女、メアリーとアンがプロテスタントとして成長しており、この2人のどちらかがいずれ女王になることが想定されていた。もしメアリー公妃に男子が誕生すれば、その子が王位につくのが順当であったが、プロテスタントにとってはジェームズとその息子とカトリックの王が続くことになるという危機的状況であった[1]。
15歳で40歳のジェームズと結婚したメアリーであったが、1675年から1682年までに生んだ1男4女は全て夭逝し、その後は妊娠の兆候もなくなった。1685年に亡くなったチャールズ2世の後を継いでジェームズ2世が即位すると、メアリーは王妃となった。
1687年、メアリーの妊娠が発表された。反ジェームズ派からは「クッションを腹に当てて妊娠を装っている」との風評が流された。翌1688年6月10日、王子ジェームズ・フランシス(後の「老僭王」)が誕生したが、「女児を産んだのに男児に取り替えた」と貴族間で噂されたという[2]。この王子出産をきっかけにして、11月5日に名誉革命が起こった。
12月12日、ホワイトホール宮殿から王子と共に脱出し、フランスへ亡命した。亡命中はフランスから丁重に扱われ、住居として城が提供された。1692年に王女ルイーザ・マリア・テレーザを出産している。1701年にジェームズ2世が死亡すると、幼いジェームズに後を継がせ、ジャコバイトたちの精神的な柱となった。
1718年、パリで乳癌のため死去した。シャイヨの僧院にあった墓は、フランス革命の最中に破壊された。
子女
- キャサリン・ローラ(1675年 - 1676年)
- イザベラ(1676年 - 1681年)
- チャールズ(1677年 - 1677年) - ケンブリッジ公
- エリザベス(1678年 - 1678年)
- シャーロット・メアリー(1682年 - 1682年)
- ジェームズ・フランシス・エドワード(1688年 - 1766年) - イングランド王位僭称者、「老僭王」
- ルイーザ・マリア・テレーザ(1692年 - 1712年)
脚注
参考文献
「Mary of Modena」の例文・使い方・用例・文例
- スコットランドの女王 《Mary Stuart のこと》.
- 『John and Mary(ジョンとメアリー)』または『John walked and Mary rode(ジョンは歩き、そして、メアリーは乗り物に乗った)』における『and』、等位接続詞である;そして、『will you go or stay?(行くか、いてもらえますか?)』における『or』もそうである
- Microsoftがβ版をランチするのは「NetShow streaming server」で動画や音声をオンデマンドで提供する。
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 an admiral of the fleet 海軍元帥.
- 篏入的 r 音 《英音の India office /ndiərfɪs/の /r/の音》.
- =《口語》 These kind of stamps are rare. この種の[こういう]切手は珍しい.
- (英国の)運輸省. the Ministry of Education(, Science and Culture) (日本の)文部省.
- は of の誤植です.
- を off と誤植する.
- あいまい母音 《about, sofa などの /ə/》.
- 副詞的小詞 《on, in, out, over, off など》.
- 迂言的属格 《語尾変化によらず前置詞によって示す属格; たとえば Caesar's の代わりの of Caesar など》.
- çon of garlic [humor]. それにはガーリック[ユーモア]がちょっぴり必要だ.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Speaker of the House of Commons 下院議長.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Committee of Ways and Means 歳入委員会.
- 初めて読んだ英文小説は“The Vicar of Wakefield”
- (違法罪―a sin of commission―に対する)怠惰罪
- 『each』、『every』、『either』、『neither』、『none』が分配的、つまり集団の中の1つのものを指すのに対し、『which of the men』の『which』は分離的である
- 『hot off the press(最新情報)』は『hot(最新の)』の拡張感覚を示している
- 『Each made a list of the books that had influenced him』における制限節は、リストに載った本を制限節で定義された特定の本だけに制限する
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