ブラッド・ソーン
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 19:51 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動ブラッド・ソーン(Bradley Carnegie Thorn 1975年2月3日 - )は、ニュージーランド出身のラグビー選手。ポジションはロック。リーグ時代のポジションはセカンドロー、プロップ。
人物
1975年2月3日、ニュージーランド南島、ダニーデン郊外のモズギールで生まれる。身長196cm、体重116kg。
キャリア
ラグビーリーグ
8歳のときにニュージーランドからオーストラリアへ移住。1994年、クイーンズランド州のラグビーリーグのクラブ、ブリスベン・ブロンコスのジュニアチームに入り、さらにリーグのオーストラリア代表ジュニアチーム、ジュニアカンガルーズに選ばれる。
同年、ブロンコストップチームに昇格、ウィンフィールドカップ(1994 Winfield Cup、現在のNRL)の第12週、カンタベリー・バンクスタウン・ブルドッグス戦でデビュー。Club's rookie of the year awardを受賞。
1996年、ステイト・オブ・オリジン(ラグビーリーグニューサウスウェールズ州選抜とクイーンズランド州選抜による3試合シリーズマッチ)に初選出、3試合すべてに出場する。翌1997年、オーストラリアスーパーリーグ(NRLに名前が変更する前の名称)とスーパーリーグ・トライシリーズ(ニューサウスウェールズ、クイーンズランド、ニュージーランド選抜対抗戦)に出場。ブロンコスはオーストラリアスーパーリーグ1997シーズン優勝、同年、ワールドクラブチャンピオンシップ(欧州とオーストラリアのクラブが出場する大会)でも優勝。
その後、1998年と2000年のNRLシーズン優勝、1998~2000年、ステイト・オブ・オリジンに出場、さらに1997,98年とラグビーリーグオーストラリア代表に選出、2000年、 Australian Sports Medal受賞という輝かしい実績を残し、ユニオンに転向、ニュージーランドへ戻る。
ユニオン転向
2001年、スーパー12(現スーパーラグビー)のクルセイダーズと、ニュージーランド州代表選手権(現ITM CUP)のカンタベリー州代表チームに入る。同年、オールブラックスから招集の声がかかるも辞退。2003年、晴れて代表デビュー、同年オーストラリアで開催された第5回ラグビーワールドカップに出場。ソーンはこの大会で、ニュージーランド人のビル・ハードキャッスル(Bill_Hardcastle 1874-1944)以来の、リーグとユニオンの異なる国でのナショナルチームで出場した世界で2人目の選手となる。同年、トライネイションズに出場。
2004年、州代表選手権でカンタベリー優勝に貢献し、ふたたびリーグでプレーするためにオーストラリアへ戻る。
リーグ復帰
2005年、ブリスベンに戻ったソーンは、古巣ブロンコスで3年間プレーすることになる。2005年のステイト・オブ・オリジンにクイーンズランド州選抜として3試合出場、翌2006年、ブロンコスはNRLの2006シーズンで優勝。
2007年のNRLシーズン終了後、ソーンはふたたびユニオンでプレーするためにニュージーランドへ戻る。
ユニオン復帰
2007年、タズマン州代表チームに入り、2008年、クルセイダーズに復帰する。この年クルセイダーズは決勝でワラタスを下し優勝、ソーンはスーパーラグビーとNRLのタイトルを獲得した2人目の選手となる。
※ピーター・ライアンがブロンコスで1998年、ブランビーズで2001年にタイトル獲得
2008年、オールブラックスに選出され、アイルランド戦に出場、同年、2010年のトライネイションズにも出場。
2011年、ワールドカップ終了後、ジャパンラグビートップリーグの福岡サニックスブルースに加入することが発表された。
脚注
リンク
「Brad Thorn」の例文・使い方・用例・文例
- 年次監査を行うために、Bradford and Partnersの会計士たちが10 月10 日の午前10 時に当社を訪ねてくる予定です。
- Bradfordの新人会計士2 名が今年の監査を担当すると連絡がありました。
- こんにちは、Bradfordさん。
- 昨日Bradfordさんが受け取られたデスクランプについてお電話を差し上げています。
- 取り違えてしまって申し訳ありませんが、あのランプは別のお客様に送られるはずのもので、誤ってBradfordさんに配送されました。
- Bradfordさんが受け取るはずだった商品は、Anne Keeganさんからの贈り物のご注文でした。
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