ジェローム・カイノとは? わかりやすく解説

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ジェローム・カイノ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/11 07:21 UTC 版)

ジェローム・カイノJerome Kaino 1983年4月6日 - )は、アメリカ領サモア出身の元ラグビー選手。

人物

1983年4月6日、アメリカ領サモア、トゥトゥイラ島で生まれる。
身長196cm、体重109kg。
ポジションはナンバーエイト(No.8)、フランカー(FL)

キャリア

セント・ケンティガン・カレッジ卒業(ジョー・ロコココ、ジョン・アフォアが同級生)、カレッジ在学中の2001年、ラグビー高校生ニュージーランド代表に選出される。オークランド大学に進学、在学中の2002年、19歳以下代表に、2003年2004年と2年連続で21歳以下代表に選出。同年IRB Under 21 Player of the Year、NZRU Age Grade Player of the Year 2004受賞。19歳までバックス(センターフルバック)でプレイしていたが、その後フォワードに転向。

2004年、ニュージーランド州代表選手権(現ITM CUP)のオークランド州代表チームに入り、ポヴァティ・ベイ戦でデビュー。同年スーパー14(現スーパーラグビー)のブルースに入り、レッズ戦でデビュー。同年、オールブラックスの代表未招集選手枠としてバーバリアンズ戦に出場する(この試合がオールブラックスデビューとなるが、国際マッチ初キャップにはならない)。

2005年、セブンスニュージーランド代表、同年ジュニアオールブラックスに選出。2006年オールブラックスに選出されて、6月10日のアイルランド戦でデビュー。

2007年、ふたたびセブンス代表に選出される。

2020年、今シーズン限りでの引退を発表[1]

多芸・多才

2004年のオークランド州代表チーム内のバックスラインのプレイヤーよりも、スプリント走が速かった。
2010年7月のブレディスローカップ、オーストラリア戦では、ロックとして出場する。

出典

  1. ^ 元オールブラックスのカイノが引退を決意、W杯優勝2回 . afpbb(2020年12月23日). 2020年12月23日閲覧。

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