この項目では、2025年に発見された恒星間天体である彗星について説明しています。ATLASの名前が命名された彗星は複数存在しており、それらについては「ATLAS彗星 」をご覧ください。
3I/ATLAS または C/2025 N1 (ATLAS) は、2025年 7月1日 にチリ のコキンボ州 ・Río Hurtado で観測を行っていた小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS) によって発見された、恒星間天体 に分類される非周期彗星 である[ 15] [ 16] [ 17] 。発見直後は A11pl3Z と呼称されていた[ 2] [ 18] 。発見時は木星 軌道のやや内側である太陽 から約 4.5 au (約6億7000万 km )離れたところを内太陽系に向かって進んでいた。この彗星は、太陽に対して 58 km/s という非常に速い双曲線過剰速度 で太陽系 を通過する双曲線軌道 を描いている[ 8] [ 注 3] 。高速で太陽系内を縦断していくが、地球 から約 1.8 au(約2億7000万 km)以内に近づくことはないため、脅威となるような天体ではない[ 15] 。オウムアムア (1I/ʻOumuamua) とボリソフ彗星 (2I/Borisov) に続いて太陽系外からの飛来が確認された観測史上3例目の恒星間天体であり[ 15] [ 19] [ 20] [ 21] 、名称には「3I」という接頭辞が付けられている。2025年11月頃に見かけの明るさ が最も明るくなると計算されているが、それでも12等級程度であると予測されており[ 5] [ 22] 、近日点 の通過前後でも肉眼で観測することはできないとされている[ 23] 。
3I/ATLAS は活動的な彗星で、主に固体 の氷 で出来た彗星核 と、そこから噴き出すガス と氷の塵から成るコマ で構成されている。3I/ATLAS の彗星核の大きさは、彗星核からの光とコマ全体の光とを分離できないため、正確には求められていない[ 24] 。太陽への接近がこの彗星活動の原因となっており、太陽は彗星核を加熱して表面の氷をガスに昇華させ、このガスが放出されて彗星の表面から塵を巻き上げ、コマを形成する[ 25] 。ハッブル宇宙望遠鏡 によって撮影された画像によると、考えらえる 3I/ATLAS の彗星核の直径は 0.32 - 5.6 km であり、1 km 未満の直径しかない可能性が最も高いと示唆されている[ 11] 。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 (JWST) による観測では、3I/ATLAS の組成は二酸化炭素 に異常に富んでおり、少量の水の氷、水蒸気 、一酸化炭素 、硫化カルボニル を含んでいることが示されている[ 26] 。また、超大型望遠鏡VLT による観測では、3I/ATLAS が太陽系内の彗星で見られる濃度と同程度のシアン化物ガス と原子状ニッケル の蒸気を放出していることも示されている[ 27] 。
2025年10月29日 に太陽に最も接近する近日点 に達し、地球軌道と火星 軌道の間である太陽から約 1.36 au(約2億300万 km)の距離にまで接近する[ 3] 。3I/ATLAS は銀河系 の薄い円盤(英語版 ) か厚い円盤(英語版 ) と呼ばれる領域のいずれかに起源を持つと考えられている[ 28] 。仮に厚い円盤に起源を持つ場合、3I/ATLAS は形成されてから少なくとも70億年が経過しているとみられ、つまり太陽系の天体よりも古い天体である可能性がある[ 10] [ 29] [ 30] 。
歴史
発見
3I/ATLASは、恒星が密集している天の川 に近い領域で発見された。ATLAS によって最初に観測された際の画像が差し込まれており、これは天の川における赤枠部分を拡大したものである。
3I/ATLAS は、チリ のコキンボ州 ・Río Hurtado にて観測が行われている小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS) の望遠鏡によって2025年 7月1日 に発見された[ 4] [ 19] [ 31] 。発見当初の見かけの明るさ は約18等級 、太陽に対する相対速度は約 61 km/s(約 220,000 km/h)[ 15] 、太陽からの距離は木星 軌道のやや内側である約 4.51 au であり[ 32] 、天の川 付近のいて座 とへび座 の境界付近をゆっくりと移動していた[ 21] 。この新たに発見された天体は、直後に暫定的な仮称として A11pl3Z と呼称され[ 2] 、発見時の観測データは国際天文学連合 (IAU) が運用している小惑星センター (MPC) に提出された[ 31] [ 33] 。これらの観測結果から、当初この天体は地球軌道に接近する可能性のある非常に軌道離心率 の高い軌道を描く天体である可能性が示され、小惑星センターは確認待ちの地球近傍天体 候補の天体が掲載される地球近傍天体確認ページ (Near Earth Object Confirmation Page, NEOCP) に A11pl3Z を掲載した[ 31] 。
天文学者 やアマチュア天文家 などによって行われた他の観測施設による追跡観測により、この天体は地球に接近するような軌道ではなく、星間空間 から飛来してきて二度と太陽へ接近しない双曲線軌道 となっている可能性があることが明らかになり始めた[ 20] [ 31] [ 34] 。そして正式な発見の前に行われていた観測データも用いてこの天体が実際に星間空間から飛来してきた恒星間天体 であることが確認されるようになった。これらの観測記録には、同年6月14日 から6月21日 にかけて行われた Zwicky Transient Facility による観測や[ 4] [ 35] 、6月25日 から6月29日 にかけて行われた ATLAS による観測の結果が含まれている[ 21] [ 20] [ 31] 。アマチュア天文家の Sam Deen は、同年6月5日から25日までの ATLAS による正式な発見前に行われた観測の結果にも注目し、A11pl3Z が早期に発見されなかったのは、銀河系 中心部の恒星 が高密度で分布している領域の前を通過していたためと推測している[ 22] 。
初期観測では、A11pl3Z が小惑星 なのか彗星 なのかは分かっていなかった[ 21] [ 34] [ 35] 。2025年7月2日にチリの Deep Random Survey やアメリカ ・アリゾナ州 のローウェル・ディスカバリー望遠鏡 、ハワイ島 ・マウナケア山 のカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡 による観測では、A11pl3Z の周囲にコマ と見かけの長さが約3秒角 の短い尾 が観測され、A11pl3Z で彗星活動がみられることが示唆された[ 4] [ 22] 。一方で、アラン・ヘール を含む多くの天文学者は、A11pl3Z に彗星のような特徴は見られないとも報告されていた[ 22] 。2025年7月2日21時31分(協定世界時 、日本標準時 では翌3日6時31分)、小惑星センターは小惑星電子回報 (Minor Planet Electronic Circular) にて A11pl3Z の発見を正式に発表し、最初に発見を報告した「ATLAS」とこれまでに確認された3番目の恒星間天体であることを示す符号「3I」を付した 3I/ATLAS という名称を正式に命名した[ 4] [ 22] 。また、同時に非周期彗星 としての符号である C/2025 N1 (ATLAS) という名称も付与された[ 4] 。3I/ATLAS の発見・命名が正式に発表されるまで、小惑星センターには31ヵ所の異なる観測施設で記録された122の観測データが収集された[ 4] 。
更なる観測
2025年5月から8月にかけて測定された 3I/ATLAS の明るさをプロットした光度曲線 で、明るさは見かけの等級 で表されている。この期間中、3I/ATLAS は太陽に接近していたため、明るさは時間とともに増加しているのが分かる。灰色の網掛け部分は、ATLAS による正式な発見前にトランジット系外惑星探索衛星 (TESS) によって観測されていた期間を表している。
2025年8月6日にジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 の近赤外線 観測機器 NIRSpec によって撮影された 3I/ATLAS の画像。左の画像では彗星核の周囲に広がったコマが見える。中央と右の画像は、コマ内のガス分子の回転と振動 による赤外線放射 により、3I/ATLAS のコマの明るさが光の波長によってどのように変化するかを示している[ 26] 。中央の画像は 3I/ATLAS における二酸化炭素 の放出を、右の画像は水蒸気 の放出の様子を示している。
2025年7月2日、天文学者のデビッド・C・ジューイット とジェーン・ルー がノルディック光学望遠鏡 を用いた観測を行ったところ、3I/ATLAS は「明らかに活動的」であり、拡散した尾を伸ばしていることが明らかになった[ 36] 。同日に Miguel R. Alarcón とカナリア天体物理学研究所の研究者らによる研究チームも、スペイン のテイデ天文台(英語版 ) にある口径 2 m の望遠鏡2台による観測から、3I/ATLAS には少なくとも約 25,000 km の長さの尾が伸びていることが確認された[ 37] 。複数の異なる望遠鏡による観測から、3I/ATLAS のコマは塵の存在を示唆する赤みがかった色をしており、2019年 に発見された観測史上初の恒星間彗星であるボリソフ彗星に似ていることが分かった[ 13] [ 14] [ 38] 。2025年8月に Toni Santana-Ros らが発表した研究では、3I/ATLAS のコマが2025年7月を通して赤みを増してきており、3I/ATLAS の彗星活動が活発になった結果として表面またはコマの組成が変化していることを示していると報告されている[ 13] 。
さらに同年7月6日 には、Zwicky Transient Facility による5月22日 から6月21日 までの期間に行われた10回分の観測データ内からも 3I/ATLAS が検出されたことが小惑星電子回報にて公表されている[ 39] 。7月18日 にはそれよりもさらに早い5月21日 以降にイスラエル のワイツマン天文観測所 (Weizmann Astrophysical Observatory) によって観測されていた記録が公表された[ 40] 。
2025年7月から8月にかけて超大型望遠鏡VLT 、北欧光学望遠鏡 、ロジェン天文台 による偏光 観測により、3I/ATLAS のコマは小さな位相角 で異常に高い負の偏光度を示していることが明らかとなった。つまり、3I/ATLAS のコマから反射された光の大部分が、太陽-彗星-観測者間の平面に沿って振動しているということになる[ 41] 。3I/ATLAS の負の偏光は、太陽系外縁天体 で見られるものと似ており、コマが氷と暗い物質の混合物でできていることを示唆している[ 41] 。
2025年6月にファーストライト が公開されたばかりであるヴェラ・C・ルービン天文台 も、同年6月21日 から7月3日 までの科学的検証の観測中において 3I/ATLAS を偶然観測することに成功していた[ 42] 。これらの観測により、中心部のコマがわずかに大きくなっていることが示され、想定される核 の直径に制約を課すことが出来た。ヴェラ・C・ルービン天文台による検証観測がさらに2週間早く始まっていれば、ATLAS よりも先に 3I/ATLAS を発見できていた可能性がある[ 42] 。アメリカ航空宇宙局 (NASA) が打ち上げたトランジット系外惑星探索衛星 (TESS) でも、正式に発見される前である2025年5月7日 から6月3日 にかけて 3I/ATLAS が観測されていたことが分かっている[ 6] 。これらの観測により、2025年5月に太陽から約 6.4 au(約9億5700万 km)離れた時点でも、3I/ATLAS は既に明るく活動していたことが示されており、この彗星活動は水以外の揮発性物質の氷が昇華 によって引き起こされた可能性が高いことが示唆されている[ 6] 。
7月20日 には、3I/ATLAS のコマから初めて水の氷が検出されたと報告された。これは、ジェミニ南望遠鏡 とNASA赤外線望遠鏡施設(英語版 ) による同年7月5日 と7月14日 の近赤外線 による分光 観測に基づいている[ 43] 。スウィフト望遠鏡 による紫外線 観測からは、 同年7月30日 と8月1日 に 3I/ATLAS のコマに水蒸気 と水酸化物イオン が存在していることが示唆された[ 44] 。8月21日 には、NASAのSPHEREx ミッションとカリフォルニア工科大学 の天文学者らは、8月中旬からのSPHERExによる観測で水の氷と明るい二酸化炭素 ガスの放射を検出したと報告した[ 12] [ 45] 。8月22日 にはローウェル天文台 の天文学者らは、3I/ATLAS でシアン化物 の放射の兆候が暫定的に検出されたと初めて報告した[ 46] 。その前日の8月21日 に超大型望遠鏡VLTによって行われた分光観測で実際にシアン化物の存在が確認され、さらに 3I/ATLAS のコマからはニッケル も検出された[ 27] 。
7月21日 には初めてハッブル宇宙望遠鏡 による 3I/ATLAS の観測が行われ、そのコマの様子がとても詳細に分かるようになり、その彗星核の直径は 5.6 km 以下であると制限された[ 11] [ 47] 。ハッブル宇宙望遠鏡によって撮影された画像は同年8月7日 にNASAと欧州宇宙機関 (ESA) によって公開された[ 16] [ 17] 。同年8月6日 には、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 (JWST) に搭載されている近赤外線観測機器 NIRSpec 用いた初めての 3I/ATLAS の観測が行われ[ 25] [ 48] [ 49] 、その結果は8月25日 にNASAによって発表された[ 50] 。また、同年11月にはハッブル宇宙望遠鏡は 3I/ATLAS の紫外線 分光 観測を行って核から放出されているガスの組成とそれに含まれている硫黄 と酸素 の比率を調査する予定となっており[ 25] [ 51] 、それ以降も太陽から離れていく 3I/ATLAS の様子を観測する見通しである[ 52] 。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は近日点通過後の12月にも 3I/ATLAS を観測する予定となっている[ 25] [ 53] 。
3I/ATLAS が太陽から約 2.33 au(約3億4900万 km)の位置にあった同年9月7日 にはジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡 によって 3I/ATLAS の観測が行われ、この時のシアン化水素 の分子 の生成率が (1.5 ± 0.5)× 10 25 個/秒と測定された。しかし1週間後の9月14日 には、生成率は (4.5 ± 1.9)× 10 25 個/秒(約 2 kg/秒)にまで増加したことが天文電報中央局 が発行する Central Bureau Electronic Telegram (CBET) にて報告された[ 54] 。9月15日 時点のシアン化水素のコマは直径が約 180,000 km に及ぶ非対称の形状をしており、太陽がある方向とは反対方向に伸びていた。同日には、見かけの直径が50秒角 (実際の距離にして約 100,000 km に相当する)のダストの尾 も観測された[ 55] 。9月14日時点の 3I/ATLAS の見かけの等級 は14.2等級であった[ 54] 。
エクソマーズ 計画で打ち上げられた火星探査機 であるトレース・ガス・オービター(英語版 ) に搭載されている Color and Stereo Surface Imaging System (CaSSIS) を使用して、3I/ATLAS が火星に最接近した際にそのコマの撮影を行った[ 56] 。この探査機で観測を行うのに適している対象よりも 3I/ATLAS は約50,000倍暗かったため、5秒間の露出時間で画像が撮影された[ 56] 。
恒星間天体の太陽系外端での速度 (
v
∞
{\displaystyle v_{\infty }}
2024年から2026年にかけての天球 上における 3I/ATLAS の軌跡を示した図。10日ごとの天球上での位置が赤点で示され、それぞれの日付は黄色の字で表記されている。軌跡は左端のいて座 の領域から始まり、右端のふたご座 の領域で終わる。軌跡の両端に見られるループ状の模様は、地球が太陽の周囲を公転していることによる視差 によって生じている。
起源と年齢
銀河系 内における太陽(黄色)と想定される 3I/ATLAS(赤色)の軌道を示した図。側面から見た図(下図)に示すように、3I/ATLAS は太陽よりも銀河面から上下に傾いた軌道を描いて銀河系内を公転している。
3I/ATLAS は、その極めて双曲線的な軌道と太陽系に対する非常に速い相対速度のため、太陽系外から飛来した恒星間天体 であることが分かっている[ 15] 。3I/ATLAS は、太陽系の惑星に大きく接近したことで相対速度を上げた訳ではないため、少なくとも太陽系内に起源を持つ天体ではない[ 81] 。3I/ATLAS の天球 上における軌跡を追跡すると、3I/ATLAS は銀河系 の中心があるのいて座 の方向の星間空間 から飛来してきたことがわかる[ 38] [ 81] 。
これまでに発見されていた2つの恒星間天体とは異なり、3I/ATLAS は天球上において南半球側から飛来しており、これは北半球側にある太陽向点 とは反対方向である[ 81] 。太陽向点は、太陽が銀河系内において近くの恒星に対して相対的に移動する方向を指す[ 10] 。3I/ATLAS が南半球側から発生したことは予想外であった。なぜなら、天文学者らは当初、太陽系が進んでいく方向である太陽向点からより多くの恒星間天体が出現するはずであり、望遠鏡では南半球起源の恒星間天体の発見は北半球よりも困難になるだろうと予測していたからである[ 10] 。3I/ATLAS が稀な発見である可能性もあれば、南半球起源の恒星間天体が当初考えられていたよりも一般的であることを示す可能性もあるとされている[ 10] 。
3I/ATLAS の起源は、その双曲的過剰速度 を銀河座標 における動径方向 (U) 、横方向 (V) 、鉛直方向 (W) の速度成分に分解することで推測できる[ 10] [ 注 9] 。3I/ATLAS が太陽系に到達したとき、太陽に対する銀河座標における相対速度成分は、動径方向成分 (U) は −51.0 km/s で銀河中心から遠ざかっており、 鉛直方向成分 (W) は +18.5 km/s で銀河面に対して上向きに移動していた[ 10] 。3I/ATLAS の横方向の速度成分 (V) は、近くの恒星や他の星間物体と比較しても非常に大きく、これは 3I/ATLAS が銀河系内を銀河面から傾いた軌道を描いて公転しており、したがって銀河系の銀河円盤における薄い円盤(英語版 ) か厚い円盤(英語版 ) と呼ばれる領域のいずれかに起源を持つと考えられている[ 28] 。厚い円盤は主に、太陽よりも重元素 の含有量が少ない年老いた恒星で構成されている[ 10] [ 29] [ 30] 。
2025年7月に Matthew Hopkins らが主導した研究では、厚い円盤内の恒星の典型的な年齢に基づき、3I/ATLAS の年齢は 68% の信頼度で76億年から140億年の間であると推定された[ 10] [ 29] 。これは、3I/ATLAS が太陽系の年齢(約46億年)よりも古い天体である可能性があり、これまでに観測された中で最も古い彗星である可能性があることを意味している[ 10] [ 29] 。同月に Aster Taylor と Darryl Seligman が行った独立した分析では 3I/ATLAS の年齢は30億年から110億年と推定され、Hopkins らの推定と概ね一致している[ 9] [ 25] 。
主星と形成
3I/ATLAS は数十億年にも渡って銀河系内を公転しており、無関係な恒星の中に混ざるようになるのには十分な時間が経過しているため、起源となった主星がどれかまでは遡ることはできない[ 10] [ 25] 。3I/ATLAS の速度は、恒星や星雲 への接近による重力の影響を受け 、恒星間空間を彷徨う過程で変化した可能性が高いと考えられている[ 16] 。2025年9月に Yiyang Guo らが行った研究では、3I/ATLAS は過去1000万年の間に25個の既知の恒星から1パーセク (3.26光年 )以内の範囲を通過した可能性があることが明らかとなっている[ 28] 。
3I/ATLAS の主星は不明であるが、その組成と銀河円盤における力学的構成から、主星が持っていた特性とその周囲の環境を推測することはできる[ 25] 。仮に 3I/ATLAS が厚い円盤内に起源を持つ天体であるならば、3I/ATLAS の主星は、少なくとも太陽の約 40% の重元素を含む低金属量の恒星である可能性がある[ 9] 。3I/ATLAS は、主星が若い頃にその周囲を覆っていたガスと塵から成る原始惑星系円盤 内で形成されたと推定されている[ 9] [ 10] 。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と SPHEREx による観測では、3I/ATLAS は二酸化炭素 (CO2 )に富んでいることが示されており[ 12] 、これは 3I/ATLAS が主星から遠く離れた、二酸化炭素が固体 に凝縮 するのに十分な温度である、二酸化炭素の雪線 (スノーライン)よりも外側の領域で形成されたことを示唆している[ 26] 。形成後のある時点で、3I/ATLAS は巨大惑星 または主星系への他の恒星の接近によって、重力の影響で主星系から追い出されてしまったと考えられる[ 9] [ 10] [ 25] 。
物理的特徴
2025年7月2日、Miguel R. Alarcón とカナリア天体物理学研究所の研究者らによる研究チームはスペイン のテイデ天文台(英語版 ) にある口径 2 m の望遠鏡2台による観測から、3I/ATLAS には少なくとも約 25,000 km の長さの尾が伸びていることが確認された[ 83] 。ハレアカラ天文台(英語版 ) に設置されている口径 2 m の Faulkes Telescope North に搭載されている様々な波長の光フィルターで 3I/ATLAS の明るさを測定した結果、3I/ATLAS のコマは塵の存在を表す赤みがかった色をしていると分かった[ 38] 。様々な望遠鏡による即時観測では、3I/ATLAS の核 の自転 周期を求めることはできなかったが、約29時間に渡って行われた観測では、3I/ATLAS の明るさの変化量は0.2等級以下とほとんど変化していないことが判明している。これは、コマに存在している塵が自転している核を覆い隠していることに起因している可能性があるとされた[ 38] 。しかし、口径 10.4 m のカナリア大望遠鏡 によって同年7月2日から7月5日 にかけて行われたさらに精度の高い観測により、3I/ATLAS には0.2等級の振幅の変光がみられると報告され、その周期から核の自転周期は17時間弱であると求められた[ 81] 。
発見直後の 3I/ATLAS の絶対等級 (H) は14.8等級ともされていたが[ 84] 、その後の観測では13.7等級と求められている[ 42] 。物理学者の Marshall Eubanks はコミュニティ内のメーリングリストにおいて、初期の観測結果に基づいた推定では 3I/ATLAS の彗星核の直径が最大で約 20 km 程度にもなる可能性があると述べており、それまでに知られていた2つの恒星間天体よりもかなり大きな直径を持っていることが示された[ 23] [ 7] [ 66] 。ミシガン州立大学 の助教授である Darryl Seligman らによる研究チームは、3I/ATLAS が正式に発見された2日後である2025年7月3日 に論文掲載ウェブサイト arXiv に3I/ATLAS の特性を調査した初期観測結果の論文を寄稿したが、ここでは絶対等級 (H) を12等級、3I/ATLAS の核が表面の暗い小惑星と同様の特性を持つと仮定して、核の直径は最大で約 24 km になる可能性を示唆したが[ 38] 、その後のヴェラ・ルービン天文台による観測結果を分析した研究では絶対等級 (H) が現在の13.7等級へ下方修正され、核の直径の最大値も 11.2 km に改められた[ 42] [ 85] 。さらに、3I/ATLAS は先述の通りコマまたは光を反射する塵に囲まれた活動的な彗星であると考えられているため、核とコマの絶対等級を組み合わせた全光度 (M1) で計算すると、実際の核の大きさはこれよりも大幅に小さくなると予想されている[ 36] 。それでも、3I/ATLAS はもう1つの既知の恒星間彗星であるボリソフ彗星と比較すると彗星活動は弱いとみられていることから、核の直径はボリソフ彗星よりも1桁(10倍)大きいと考えられている[ 38] 。ボリソフ彗星の核の直径が最大で 0.4 - 0.5 km 程度と推定されており[ 86] [ 87] 、ここまでの核の直径に関する推論をそのまま当てはめるのであれば、3I/ATLAS の核の直径は最大で 4 - 5 km 程度になる可能性もあるが、実際の直径はそれよりもさらに小さく、1.2 km 未満であるとする意見もあった[ 88] 。2025年7月5日と7月14日 にジェミニ南望遠鏡 とNASA赤外線望遠鏡施設(英語版 ) で行われた近赤外線 での分光観測から、3I/ATLAS のコマは粒径が約 10 μm の水の氷やケイ酸塩 の粒子で構成されていることが明らかとなっており[ 43] 、太陽への接近で1秒あたり 0.1 - 1 kg の物質が放出されているとも推定されている[ 14] 。
探査
2025年10月3日に火星探査機のトレース・ガス・オービターが撮影した 3I/ATLAS(中央右上を下へ移動する点)のタイムラプス映像。
2025年7月に公表された研究では、地球から宇宙探査機 を打ち上げて 3I/ATLAS をフライバイ 探査を行うことは実現不可能であることが判明した。正式な発見後(2025年7月1日以降)の打ち上げには、少なくとも 24 km/s という極めて高いデルタV (Δv) が必要となり、これは現時点で利用可能な如何なる推進システムの出力を超えているためである。仮に 3I/ATLAS が2025年7月1日より前に発見されていた場合、その日に地球から打ち上げられた宇宙探査機は 3I/ATLAS への到達に 7 km/s 程度のデルタVが必要となり、地球よりも火星から出発する宇宙探査機を用いて 3I/ATLAS をフライバイする方が実現可能であっただろう。火星から出発する宇宙探査機は、デルタVを大幅に小さくする必要がある。例えば、2025年7月から9月の間に火星から宇宙探査機を 3I/ATLAS へ向かわせて同年10月初旬に 3I/ATLAS へのフライバイを可能とするには 5 km/s 程度のデルタVが必要となる[ 89] 。
3I/ATLAS が火星に接近した2025年10月1日 から10月7日 の間に、ESAの2機の火星探査機であるトレース・ガス・オービター(英語版 ) (TGO) とマーズ・エクスプレス が、3I/ATLAS の観測を行った。トレース・ガス・オービターは搭載されているカメラで 3I/ATLAS を撮影することに成功したが、マーズ・エクスプレスは露出時間が短かったためか、3I/ATLAS の撮影は確認できなかった[ 90] 。NASAのマーズ・リコネッサンス・オービター や探査車のパーサヴィアランス も観測を行っているが、同年10月1日から行われている、NASAを含むアメリカ合衆国政府機関の閉鎖(英語版 ) により、これらのデータは公式には公開されていない[ 91] 。木星探査機 のジュノー は、2026年3月に 3I/ATLAS が木星に接近する際に観測を行える可能性があるが[ 73] 、ジュノーは打ち上げから10年以上が経過していることから燃料が少なく、エンジンにも問題が生じてきているため、3I/ATLAS へのフライバイ探査を行える可能性は低い[ 92] 。天体物理学者の Marshall Eubanks の計算によると、小惑星 (16) プシケ への探査を行う予定の宇宙探査機サイキ が2025年9月4日 に 3I/ATLAS から約 0.302 au(約4520万 km)のところを通過し、木星への探査を予定している木星氷衛星探査計画 の JUICE が同年11月4日 に 3I/ATLAS から約 0.428 au(約6400万 km)のところを通過すると予想されている[ 69] [ 93] 。しかし、これらの探査機に 3I/ATLAS を観測させるのは困難であり、メインの探査ミッションに影響を及ぼす可能性があるが[ 69] 、JUICE は搭載されているカメラ、分光計 、粒子センサーを用いて11月に 3I/ATLAS の観測を試みることを予定している。JUICE にとっては太陽に近い内太陽系という熱的環境が厳しい領域を巡航している時期であるため、これらの観測データは2026年2月より前には地球に届かないと予想されている[ 93] [ 94] [ 95] 。
2025年10月30日 から11月6日 までの期間、JUICE と同様に木星へ巡航中のエウロパ・クリッパー は 3I/ATLAS から伸びるイオンの尾の内部を通過する可能性があり、恒星間彗星のイオンの尾の組成を検出できる機会となることが予測されている。太陽風 による尾の特徴的な変化も観測されると予想されている。さらに、小惑星(65083) ディディモス への探査を予定している探査機 Hera も同年10月25日 から11月1日 までの期間に 3I/ATLAS のイオンの尾の内部を通過する可能性があると予測されている[ 96] 。
宇宙船仮説論争
2025年7月16日 、ハーバード大学 のアヴィ・ローブ(英語版 ) とイギリス の非営利団体である Initiative for Interstellar Studies (i4is) の研究者らは、3I/ATLAS が「異常な」特徴を持っていると考えられたことから、地球外生命体 によって作られた人工的な宇宙船 である可能性があると推測する論文を arXiv に発表し話題となった[ 97] [ 98] [ 99] 。研究チームがそう考える根拠として、想定される 3I/ATLAS の大きさが明らかに大きいこと[ 88] 、識別可能な化学物質が含まれていないこと、そして軌道が黄道面にほぼ一致していることを挙げている[ 97] [ 100] 。ローブらは 3I/ATLAS が黄道面とほぼ一致するような軌道を描きながら金星、火星、木星にここまで接近する確率は 0.005% 未満であると分析し、また、惑星の公転方向に対して逆行することで特定の惑星に容易に到達できる上に、人類が 3I/ATLAS への接近および迎撃したりすることを極めて困難にさせているという仮説を提唱した[ 97] [ 98] 。また、3I/ATLAS が近日点を通過する前後は地球は太陽を挟んで反対側に位置しており、地球から観測した際の離角が30度未満になるように 3I/ATLAS と太陽と地球がほぼ一直線に位置関係が揃う確率は約 7% であると計算している[ 97] 。この仮説が公表されると、他の天文学者 からは即座にローブらの仮説を非難する声が上がった。科学ニュースサイトの Live Science は、3I/ATLAS が自然由来の彗星であるという意見が圧倒的である と報じ、多くの研究者がこの新しい論文に失望し、他の科学者の研究の邪魔になると指摘していると付け加えた[ 100] 。3I/ATLAS に関する最初の研究論文を公表した研究チームを率いた Darryl Seligman は「3I/ATLAS には数多くの望遠鏡による観測が行われており、典型的な彗星活動の兆候が示されている」と述べている[ 100] 。Seligman はさらに、3I/ATLAS はまだ太陽から遠く離れているため、その中に含まれている化学物質はまだ詳細に検出できない可能性があると説明している[ 100] 。それ以来、観測により 3I/ATLAS には彗星ではごく一般的な水の氷が含まれているという証拠が報告されている[ 10] [ 43] 。
ローブは以前にも、初めて観測された恒星間天体であるオウムアムア についても、地球外生命体による人工物である可能性があると主張し、多くの研究者から批判を受けている[ 100] [ 101] 。ローブ自身もブログで「最も可能性の高い結論は 3I/ATLAS が完全に自然な恒星間天体、おそらく彗星であるということだ」と述べている一方で、自身の仮説について「仮説自体は興味深い試みであり、その妥当性に関わらず、探求するのは楽しい」と擁護している[ 98] [ 100] 。レジャイナ大学 の天文学者である Samantha Lawler は「いかなる『検証可能な予測』に対しても偏見を持たないことが重要ではあるが、ローブらによる新しい論文はこの考え方を押し広げすぎている」と強調しており、さらに、カール・セーガン の言葉を引用して「研究者の大多数は途方もないことを主張するにはそれ相応の途方もない証拠が必要 という考えに賛同しており、ローブらが提示した証拠は決して並外れたようなものではない」と述べている[ 100] 。
ギャラリー
3I/ATLAS を含む既知の恒星間天体の木星軌道以内における軌道を示した図
[ 38]
2025年7月1日に小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS) によって撮影された 3I/ATLAS の発見画像
チリで行われている Deep Random Survey で用いられている口径 43 cm 望遠鏡が2025年7月2日に撮影した 3I/ATLAS(中央左から右へ動く点)
チリで行われている iTelescope Deep Sky Chile で用いられている口径 51 cm 望遠鏡が2025年7月2日に撮影した 3I/ATLAS
カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡 が2025年7月2日に撮影した 3I/ATLAS の画像。やや細長くぼやけた外観をしており、3I/ATLAS が彗星であることが分かる
[ 38] 。
2025年7月3日に
超大型望遠鏡VLT の
可視光線 分光 装置 FORS2 によって撮影された 3I/ATLAS
[ 102]
2025年7月3日に
ジェミニ北望遠鏡 によって撮影された 3I/ATLAS の画像
2025年7月21日に
ハッブル宇宙望遠鏡 によって撮影された背景の恒星の間を移動していく 3I/ATLAS のコマ撮り映像
脚注
注釈
^ 軌道が双曲線軌道となっている場合、計算される軌道長半径は負の値となる。
^ a b 3I/ATLAS が近日点上にあるときの太陽に対する移動速度は
−
G
M
(
2
/
q
−
1
/
a
)
{\displaystyle {\sqrt {-GM(2/q-1/a)}}}
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