1960年竣工の校舎とは? わかりやすく解説

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1960年竣工の校舎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 14:26 UTC 版)

滋賀県立膳所高等学校」の記事における「1960年竣工の校舎」の解説

明治年間木造校舎戦時中建設され校舎県下最悪称されるほど老朽化進んだ状態であった戦時中の手抜き工事とされる別館呼ばれる一棟は特に老朽化著しかったまた、500人の収容見込んだ校舎1500人の生徒詰め込んだ状態であり、学校機能として不全の状態であった1954年昭和29年3月滋賀県知事であった服部岩吉会長として膳所高等学校校舎新築期成会」が設立された。期成会は幾度県会や県当局校舎新築積極的に要望し同窓会などに寄付求め遂に県会期成会の陳情から1年経た1957年昭和32年)に校舎改築認めた1955年昭和30年12月国庫補助金交付を受け、講堂体育館あわせた建築物工事をはじめ、1956年昭和31年5月竣工した。これに引き続き1957年昭和32年)夏に市内伊藤組が工事請け負い校舎建設始まった東側地盤が弱いため地下室新設するよう変更するなど工事設計変更が行われたが、予想外工費増額によって当初予定より寄付金を募らなければならない問題生じたこのため入学時や在学時に徴収するなどして増額分を補った1960年昭和35年7月3階建て校舎2棟図書館を持つ校舎完成した校舎総面積体育館含め2857坪、総工費1億5113万円であった

※この「1960年竣工の校舎」の解説は、「滋賀県立膳所高等学校」の解説の一部です。
「1960年竣工の校舎」を含む「滋賀県立膳所高等学校」の記事については、「滋賀県立膳所高等学校」の概要を参照ください。

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