~創業期・プロスタッフの歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/07 14:27 UTC 版)
「プロッツァ」の記事における「~創業期・プロスタッフの歴史」の解説
プロスタッフとプロッツァの最初の歴史は1929年(大正4年)、竹原権治が大日本紡織(現ユニチカ)の設営に伴う機械設備全般の設計・施工・工事を請け負ったことから始まった。コンピュータもセンサもない時代に機械仕掛けだけで複雑な工程を制御する紡織機械は、当時の最先端技術であり、このような時代の最先端技術に挑むエンジニアリングの姿勢は、「技術開発のDNA」として現在まで受け継がれることとなる。第二次世界大戦中には、高度な金属加工技術が要求されるゼロ式艦上戦闘機の離着艦装置の部品製造を担った。さらに終戦直後は、独自のマフラーでその名を知られたオートバイメーカー・CABTONの部品製造を手がけ、時代が求めるモノづくりを実践する一方で、多彩なノウハウを蓄積してきたと言える。 戦後は、(株)竹原機械製作所としてスタートし、産業用機械器具の製造販売にシフトし国内産業の復興と成長に貢献した。 1968年(昭和43年)には自動車用品事業部を設置しカー用品の開発研究に着手。現在に至るまでベストセラー商品となっている自動車ガラスの油膜取り「キイロビン」は、この頃に誕生している。カー用品事業は、モータリゼーションの発展と共に、繊維産業に代わるグループの中核事業へと拡大していった。PROSTAFFブランドのカー用品は1000種類を超え、2008年には、株式会社竹原から株式会社プロスタッフへ商号を変更した。
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