馬耳東風
読み方:ばじとうふう
馬耳東風がなぜ他人の意見や批評を気にかけないで聞き流すという意味になるのかだが、馬の耳に心地いい春風が吹いても馬は何も感じないということから何を言われても全く気に留めないことを馬耳東風と表現することとなった。
馬耳東風とは、馬耳東風の意味
馬耳東風とは、他人の意見や批評を気にかけないで聞き流すという意味のこと。中国の詩人である李白の書いた「答王十二寒夜独有懐」内の「世人之を聞けば皆頭を掉り東風の馬耳を射るが如き有り」が由来となり生まれた四字熟語である。馬の耳に念仏と似ているが、馬の耳に念仏は念仏の有り難さがわからないという意味なので、聞き流す馬耳東風とは異なる。英語表現では「talking to a wall」となる。馬耳東風がなぜ他人の意見や批評を気にかけないで聞き流すという意味になるのかだが、馬の耳に心地いい春風が吹いても馬は何も感じないということから何を言われても全く気に留めないことを馬耳東風と表現することとなった。
馬耳東風の類語、対義語
馬耳東風の類語には牛に対して琴を弾いて聞かせても何も意味がないという「対牛弾琴」がある。馬耳東風の対義語は「呼牛呼馬」がある。相手が自分を牛と呼べば牛、馬と呼べば馬だと思うという意味で逆らわずに受け入れることを指している。馬耳東風の例文や使い方
馬耳東風の例文としては「折角の有り難い講話も彼女にとっては馬耳東風に過ぎない」というような、誰かを評価するというような使い方が多い。また、聞く耳を持たない相手を叱る時に「せっかく先輩が親身になって話をしてくれたのに馬耳東風な態度は失礼だ」などといったような使い方もある。ばじ‐とうふう【馬耳東風】
馬耳東風
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/10/28 00:28 UTC 版)
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「馬耳東風」の例文・使い方・用例・文例
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