養蚕守護を由来とするもの
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/08 02:53 UTC 版)
猫は自分のテリトリーを持ち他者に侵されたときは怨霊となり化け猫になると語られており、猫が祀られる例は多くはないが、皆無ではない。ことに、養蚕がさかんだった地域では猫を祀る例がみられる。 八木神社(京丹後市久美浜町の安養寺村にかつて存在した神社)の「猫荒神」 京都府下では、木島神社の狛猫の他、この一例のみが知られる。昭和前期までの安養寺村とその周辺の村々ではほとんどの家が養蚕を生業としていたため、蚕をネズミから守る猫が大切にされたものとみられ、村内の八木神社に猫荒神を守神として祀っていた。20世紀半ば以降、養蚕の衰退とともに参る人も途絶え、八木神社は1960年代頃に安養寺の三玉神社に合祀され、猫荒神は祠ともども現存していない。 南部神社(新潟県長岡市森上)の「猫又権現」 風があまり吹かず湿気の多い風土が絹織物の生産に適し、「栃尾紬」の産地として発展、養蚕が盛んにおこなわれ、蚕や織物をネズミの食害から守るために石猫1体が祀られた。この石猫は「猫又権現」とよばれ、狛猫と紹介する例もあるが、1体のみであり対とはなっていない。 猫の宮(山形県高畠町)の「玉」 延暦年間に養蚕振興と村の安泰になるとして子のない庄屋夫婦に観音菩薩が授け、「玉」と名付けられた猫が、誤解によって庄屋に殺されながらも怨霊から庄屋夫婦を守り、その供養のために建立されたという伝説が残る。祠のみであり、猫型をした石造物などは確認されていない。
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