開業から最初の改築まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/17 04:09 UTC 版)
「ニュルンベルク中央駅」の記事における「開業から最初の改築まで」の解説
リンダウからホーフへ、バイエルン邦有のルートヴィヒ南北鉄道(ドイツ語版)を建設する際に、1844年から1847年にかけて現在の位置にニュルンベルク中央駅が建設された。私鉄でフュルトまでを運行していたバイエルン・ルートヴィヒ鉄道(ドイツ語版)の駅があったプレラー(ドイツ語版)の土地は十分な広さが無かったため、邦有鉄道はフラウエントーアグラーベンの前に独自の駅を建設することを決めた。当時の大きな駅としては一般的な、頭端式の駅として建設された。駅舎はネオゴシック様式で建設された。王立バイエルン邦有鉄道がシュヴァーバッハまで1849年に、アンスバッハまで1875年に、バイロイトまで1877年に開通し、またバイエルン東部鉄道(ドイツ語版)がヘルスブルック(ドイツ語版)まで1859年に、レーゲンスブルクまで1871年に開通していくことで、駅はニュルンベルクの中央駅となっていった。バイエルン東部鉄道は1859年にヘルスブルックまでの路線を建設する際に、既存の駅の東側に隣接して独自の駅を建設し、1875年に西側の駅と通過式の駅として統合された。 1880年代に鉄道の輸送需要が増大し、番線が増加したことから、現在も使われている地下道の建設が必要になった。次第に多くの地下道が建設されていき、ターフェルフェルト、マリーエン、デュレンホーフの各トンネル、ツェルティス、アラースベルガーの各地下道が開設された。1878年から1880年にかけて再度旅客輸送設備が増強され、1880年には新しくコーレンホーフに建設されたニュルンベルク中央貨物駅に貨物扱いが移転された。1897年には中央駅の改良計画が提案され、この計画に駅舎の改築、全体の配線を3.27 m向上させて地下に歩行者通路(東および西トンネル)を建設することなどが含まれていた。建設は1900年4月19日に着工され、1906年3月10日に完成したが、西トンネルと南出口は1927年になってから完成した。
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