バイエルン東部鉄道
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「ミュンヘン - レーゲンスブルク線」の記事における「バイエルン東部鉄道」の解説
1856年4月12日バイエルン東部鉄道株式会社はマクシミリアン2世の許可で設立された。まずはミュンヘン - ランツフート区間の建設が始まり、1858年6月28日最初の試運転が管理官庁の職員の参加で行われた。同年11月3日その区間で旅客列車の運転が始まり、同月15日貨物運送が開始された。翌年12月12日この路線はガイゼルホェリングの経由でレーゲンスブルクまで延伸された。 1860年9月シュトラウビング - パッサウ区間の開通でバイエルン東部鉄道の基本路線網が形成された。1870年の夏にノイファーン (ニーダーバイエルン) - オーバートラウビング区間の建設工事が始まり、1873年8月6日その新しい区間が開通した。 ランツフートには迅速な輸送の目的で町の外郭で駅が新設され、既存の頭端式駅 (Kopfbahnhof) は1880年5月廃止された。1891年から1892年までフェルトモヒング - フライジング区間は4段階で複線区間となった。1892年9月ミュンヘン - フェルトモヒング区間はモーザッハ経由で西の方に移設され、同じく複線区間となった。廃線区間の一部は現在国道2号の環状線となっている。
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