遠山友政とは? わかりやすく解説

遠山友政

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/24 00:57 UTC 版)

 
遠山友政
中津川市苗木遠山史料館所蔵
時代 安土桃山時代 - 江戸時代初期
生誕 弘治2年(1556年
死没 元和5年12月19日1620年1月23日
別名 通称:三郎兵衛、久兵衛
戒名 雲林寺殿心月宗伝居士
墓所 苗木遠山家廟所
官位 刑部少輔
幕府 江戸幕府
主君 織田信長徳川家康徳川秀忠
苗木藩
氏族 飯羽間遠山氏苗木遠山氏
父母 父:遠山友忠、母:織田信長の姪[1][2]
兄弟 友信友重、友政、勘兵衛、女(山村良勝室)
正室:松夫人(平井頼母の娘)
秀友、女(生駒利豊室)、女(山村良安室)、女(加藤順正室)、女(遠山万五郎室)、女(五十川某室)、女(原某室)
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遠山友政(とおやま ともまさ)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将大名苗木城主であり、苗木藩の初代藩主。遠山友忠の三男(嫡男)で、母は織田信長の姪。通称は当初三郎兵衛、のちに父と同じ久兵衛と称した。

生涯

家督相続と苗木遠山氏の再建

弘治2年(1556年)、飯羽間城で生まれた。元亀3年(1573年)、父遠山友忠明照遠山氏を継承したことに伴い阿寺城へ移ったが、その後、祖父の遠山友勝の死去により父とともに苗木城へ移った。天正2年(1574年)、武田勝頼東濃侵攻の際に長兄遠山友信は武田方に内応し、次兄遠山友重は阿寺城落城時に討死したため、友政が苗木遠山氏の家督を継承した。

森長可との対立と徳川家康への帰属

天正8年(1580年)、高山城平井頼母の娘松姫を娶った。天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変後、羽柴秀吉から森長可に随身するよう命じられたがこれを拒否した。天正11年(1583年)、東美濃の覇権を巡って森長可と争って敗れ、父や家臣とともに浜松城徳川家康を頼って落ち延び、菅沼定利の配下に属した。

徳川家康配下としての復帰準備

天正13年(1585年)12月12日付で家康は下条康長に対し、恵那郡落合村を友政へ、上村遠山利景へ引き渡すよう命じた。天正18年(1590年)の小田原征伐後、徳川氏が関東へ移封されると、友政は榊原康政または井伊直政に属して上野国館林へ移った。

関ヶ原の戦いと旧領回復

慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いに際して徳川家康は旧領回復を目的として友政・山村良勝千村良重遠山利景小里光親妻木頼忠らに兵を挙げるよう命じた。友政は家康に木曽路と美濃への道筋を詳細に報告し、その功により鉄砲30丁、玉薬2万個、黄金10枚を拝領した。同年8月8日、館林を出発して旧領へ進攻し、苗木城代関盛祥を退去させて18年ぶりに入城した。

同時に遠山利景は明知城、小里光忠は小里城、妻木頼忠は妻木城を奪還し、さらに岩村城を包囲したが、その最中に関ヶ原の勝敗が決したため城将田丸主水は降伏した(東濃の戦い)。戦後、旧領1万500石の知行が回復され苗木藩が成立し、友政は初代藩主となった。

藩政確立と幕府普請奉仕

慶長7年(1602年)、代官と庄屋勤務定書を公布し領内支配体制を整備した。慶長10年(1605年)には永不作田畑開発定書を出して開墾を奨励し、新田2,129石を得た。慶長15年(1610年)、駿府城再建に際して普請奉行を務め、福岡村東山から材木3,000余本を伐出して供出した。この際、神明社および天王社に祈願し、普請終了後に修築を行っている。

大坂の陣と晩年

慶長19年(1614年)の大坂冬の陣では桑名城を守備し、元和元年(1615年)の大坂夏の陣では松平忠明の隊に属して戦功を挙げた。同年、焼亡していた苗木遠山氏の旧菩提寺に代わる寺院建立を発願し、雲林寺を開基した。元和5年(1620年)、苗木城で死去した。享年65。家督は嫡男遠山秀友が継承した。

脚注

  1. 『遠山家譜』(東京大学史料編纂所蔵)
  2. 大日本人名辞書刊行会 1926, p.1805

参考文献

  • 『苗木藩政史研究』 第一章 苗木藩の成立 第一節 苗木藩の成立事情 二 歴代藩主の素描 初代久兵衛友政 p9~10 後藤時男 中津川市 1982年
  • 『中津川市史 中巻Ⅰ』 第五編 近世(一) 第一章 支配体制と村のしくみ 第一節 関ヶ原後の領主 四 苗木城主 p11~p13 中津川市 1988年
  • 『中津川市史 中巻Ⅰ』 第五編 近世(一) 第一章 支配体制と村のしくみ 第三節 領主の略系譜 一 遠山家 初代遠山久兵衛友政 p45 中津川市 1988年
  • 『福岡町史 通史編 上巻』 第四部 中世 第六章 安土・桃山時代 第六節 関ヶ原合戦と東濃 p546~p567 福岡町 1986年
  • 『福岡町史 通史編 下巻』 第五部 近世 第一章 近世における苗木藩の概観 第一節 苗木藩成立と領村支配 苗木遠山氏と藩主 p1~p8 福岡町 1992年
  • 『新修 東白川村誌 通史編』 第二部 郷土のむかし 第一章 原始・古代・中世 第四節 戦国末期~織豊時代 一 苗木遠山氏と東濃の形成 p119~p127 東白川村誌編纂委員会 1982年
  • 『恵那郡史』 第六篇 戦国時代 第二十五章 関ヶ原の戦と岩・苗二城 p186~p193 恵那郡教育会 1926年
  • 『恵那郡史』 第七篇 江戸時代 (近世「領主時代」) 第二十八章 諸藩分治 其二 苗木藩距江戸 遠山友政 p231~p232 恵那郡教育会 1926年
  • 『八百津町史 通史編』 第六章 近世社会 第一節 領主 遠山氏苗木藩 p153~p156 八百津町史編纂委員会 1976年
  • 加藤護一 編「国立国会図書館デジタルコレクション 第六篇 戦国時代(近古後期の二)」『恵那郡史』恵那郡教育会、1926年、172, 183-193頁https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1021178/122 国立国会図書館デジタルコレクション 
  • 堀田正敦 編「国立国会図書館デジタルコレクション 利仁流遠山」『寛政重修諸家譜』https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2577477/57 国立国会図書館デジタルコレクション 
  • 大日本人名辞書刊行会 編『国立国会図書館デジタルコレクション 大日本人名辞書 下、大日本人名辞書刊行会、1926年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879535/182 国立国会図書館デジタルコレクション 




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