近代戦争の戦略
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/25 06:19 UTC 版)
ナポレオン戦争によって軍事戦略は歴史的転換を迎えることになる。クラウゼヴィッツは『戦争論』において絶対戦争の概念を導入して戦争が本来的に持つ暴力化の傾向を明らかにして近代戦争の理論をもたらした。そして戦略が戦争目的を達成するために戦闘を配分することであると論じ、部隊配置や兵站、攻撃地点の選定などを定める戦術がその下位に属しており、兵器の生産を遅延ないし停止させることや、兵站を封じることもその手段のひとつとなると考えた。 またナポレオン戦争の時期にジョミニも『戦争概論』などの著作で実証的な戦略の理論を考案した。戦略とは作戦図上において戦争の計画をする方法論であるという立場をとっており、戦闘に注目した戦略を論じていた。ジョミニの戦略思想の特徴としてはいくつかの主要な原則を導入することで戦争に勝利するための具体的な規則を明らかにしようとしたことにある。 第一次世界大戦や第二次世界大戦においては行政組織の一元化、軍事技術の革新、政治情勢の変化などによって新しい戦略の領域が生まれた。造船技術の開発研究や航空機の発明によって戦場は海洋や空中に拡大し、アルフレッド・セイヤー・マハンやジュリアン・コーベットによる海洋戦略思想、ジュリオ・ドゥーエやウィリアム・ミッチェルによる航空戦略思想が登場した。さらにマルクス主義による革命運動に対応する革命戦争の戦略思想ももたらされており、ウラジーミル・レーニンや毛沢東などが代表的な提唱者として挙げられる。
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