製鋼事業の推移とは? わかりやすく解説

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製鋼事業の推移

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/17 17:13 UTC 版)

木曽川電力」の記事における「製鋼事業の推移」の解説

会社設立同時に工場操業開始し試作続けてきたフェロクロム・フェロタングステンの製造開始し続いてフェロシリコン・フェロマンガンの製造始めた。これらのフェロアロイ陸海軍工廠日本製鋼所八幡製鉄所出荷したほかアメリカ・オーストラリア方面盛んに輸出した1916年10月末の第1期決算までの2か月あまりで約3万円売上げ計上し年率1割の配当を行う好成績挙げ翌年4月末の第2期決算では売上げ利益金ともに倍増し1割配当継続できた。フェロアロイ加え製鋼時代からの目標であった工具鋼生産1917年大正6年)夏ごろより良質な製品ができて陸海軍工廠などへの納入始まり前後して鋳鋼ばね鋼クロム鋼などの生産始まった同年9月事業軌道に乗ったとして下出社長から退き相談役福澤桃介2代目社長となっている。 好業績設立翌年以降持続しており、配当率1917年10月末の第3期決算から翌年10月末の第5期決算まで普通配当年率1割に特別配当年率2割が加算された。特に大戦景気による鉄鋼業活況背景フェロアロイ需要旺盛で、熱田工場では生産しきれなくなったためフェロアロイ専門工場新設決定1918年大正7年10月一挙に5倍の増資行い資本金250万円とした。新工場長野県西筑摩郡福島町(現・木曽郡木曽町)に建設され1919年大正8年2月操業開始した電気製鋼所の好業績受けて1917年6月名古屋電灯社内に「製鉄部」を設置して電気銑鉄製造するという電気製鉄電気製銑)の研究開始工場名古屋市東築地建設し電気製鋼所場合同様に工場操業開始あわせて分社化して1918年9月木曽電気製鉄(後の大同電力)を設立したしかしながら電気製鉄事業として軌道に乗る至らずにまもなく終了しており、製鉄事業木曽川などで水利権を得るための看板に過ぎないとも言われるその後同社生産品鋳鋼切り替え1920年大正9年7月より製造始めた

※この「製鋼事業の推移」の解説は、「木曽川電力」の解説の一部です。
「製鋼事業の推移」を含む「木曽川電力」の記事については、「木曽川電力」の概要を参照ください。

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