著述スタイルと日記(papirer)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/31 23:17 UTC 版)
「セーレン・キェルケゴール」の記事における「著述スタイルと日記(papirer)」の解説
キェルケゴールは著述家として生涯を駆け、急逝するまでに多量の著作を残した。その著作は大きく「美的著作」と「宗教的著作」とに分類することができる。あるいは「美的著作」を「詩的著作」と「哲学的著作」に再分類し、計3つに区分することもできる。「美的著作」はもっぱら偽名によって書かれ、「宗教的著作」は実名で書かれている。このことは注目してよい事実である。 日本ではもっぱら『誘惑者の日記』のような「美的著作」、『死にいたる病』『哲学的断片』などの「哲学的著作」がキェルケゴールの主著として紹介される傾向にあり、『野の百合と空の鳥』などの「宗教的著作」(宗教家キェルケゴールとしての著作)はあまり顧みられない。しかしキェルケゴールの本意が「宗教的著作」に向かっていたことは、本人も言明している疑いない事実である。 今日の思想に影響を与えた、いわゆる「キェルケゴール」の思想は、「美的(哲学的)著作」に因るところが多い。そのため哲学史的にも「宗教的著作」の存在は比較的軽い。ただし、キェルケゴールの思想を理解しようとするならば、すべての著作活動は根本的に「宗教的著作」のために書かれたものであるという前提を欠くことはできない。言うなれば、キェルケゴールの一連の著作はすべて教化のために著されたものであり、「美的著作」の一切は教化のための序奏である。『不安の概念』や『おそれとおののき』といった哲学史上重要な著作も、あくまで仮名で書かれた著作であるということに注意されたい。 また、キェルケゴールは幼少の頃より日記を綴る習慣をもっており、急逝するまでの生涯にわたって日記を書き留め続けた。この『日記』が最近の研究においては著作物と同等(か、もしかしたらそれ以上)の価値をもつ文献資料として扱われることは少なくない。『日記』には、著作物に対する意図の表明やレギーネ・オルセンへに寄せる想いが綴られている。キェルケゴール本人は、いずれこの『日記』も白日の下に晒されるだろうと予測してか、日記の各所に面体を繕うような修正・抹消を施している。 『日記』はHong夫妻による英語版のほか、未來社から橋本淳による邦訳抜粋が刊行されている。
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