自由権と社会権の相対性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 12:37 UTC 版)
我妻栄は『新憲法と基本的人権』(1948年)などで、基本的人権を「自由権的基本権」と「生存権的基本権」に大別し、人権の内容について前者は「自由」という色調を持つのに対して後者は「生存」という色調をもつものであること、また保障の方法も前者は「国家権力の消極的な規整・制限」であるのに対して後者は「国家権力の積極的な関与・配慮」にあるとして特徴づけ通説的見解の基礎となった。 しかし、社会権と自由権は截然と二分される異質な権利なのかといった問題や社会権において国家の積極的な関与が当然の前提となるのかといった問題も指摘されている。教育を受ける権利と教育の自由や労働基本権と団結の自由など自由権的側面の問題が認識されるようになり、時代の要請から強く主張される新しい人権(学習権、環境権等)も自由権と社会権の双方にまたがった特色を持っていることが背景にある。 「自由権」と「社会権」あるいは「消極的権利」と「積極的権利」という区別は相対的なものであると解されている。例えば、自由権の象徴とされるプライバシー権を自己の情報をコントロールする権利として理解すると、他者が保有する個人情報システムへのアクセス権のようなものとして捉えざるをえない。 現代では「積極的権利」や「福祉的権利」の比重が著しく増大し、国際人権規約でもまず社会権的なA規約があり、然る後に自由権的なB規約があるなど、具体的人間に即して人権の問題を考えようとする傾向がみられ、「自由権」と「社会権」あるいは「消極的権利」と「積極的権利」という区別はあまり意識されなくなっている。市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)では法の下の平等や生存権なども保障されている(学術上の分類としては、法の下の平等は他の個別的諸権利の保障の基礎的条件をなす権利であり「包括的権利」などとして位置づけられる。また、生存権は「積極的権利」あるいは「社会権」などとして分類される)。 他方、国民生活への国家の介入度や浸透度が増しつつある中で、「自由権」と「社会権」あるいは「消極的権利」と「積極的権利」という区別がかえって重要になってきているとし、その上で両者のバランスや各種の人権保障のあり方を配慮すべきという指摘もある。 社会権と自由権の区別そのものを放棄する学説もあるが、社会権と自由権の区別の有用性を認めた上で両者の区別は相対的であり相互関連性を有するとする学説が一般的となっている。
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