第6の哨戒 1944年4月 - 6月
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「タニー (潜水艦)」の記事における「第6の哨戒 1944年4月 - 6月」の解説
再装備の後に、4月29日、タニーは6回目の哨戒でフィリピン海に向かった。途中ミルン湾で補給し、ランゲマク湾(英語版)を経てサイパン島とグアムの中間海域に到着。しばらくの間は多くの敵機を目撃した。5月17日、タニーはサンドランス (USS Sand Lance, SS-381) からの情報に基づいて、第3503船団から分離したパラオへ向かう輸送船団を待ち伏せし、日没後に発見する。北緯14度45分 東経142度40分 / 北緯14.750度 東経142.667度 / 14.750; 142.667の2隻の別々の目標に対して魚雷を3本ずつ発射し、陸軍輸送船日和丸(日産汽船、4,955トン)の船尾に魚雷が命中するのを確認してから深深度に潜航していった。しばらくすると爆雷攻撃が始まり、81発の爆雷を投下されたがタニーに損傷はなく、東南の方向に進んだタニーは5月18日0時過ぎに浮上して日和丸が炎上しながら沈没するのを目撃した。タニーは同海域で哨戒を続け、5月29日にはシルバーサイズ (USS Silversides, SS-236) がいるあたりで輸送船団が攻撃される様子を目撃し、5月30日にシルバーサイズから攻撃報告を受けた。6月8日、タニーはピンタド (USS Pintado, SS-387) およびパイロットフィッシュ (USS Pilotfish, SS-386) とウルフパック Blair Blasters (ブレアの発破者たち)を構成しルソン海峡方面に移動した。6月14日にバリンタン海峡を通過し、翌15日にはルソン島に接近して以後しばらくはバリンタン海峡周辺で敵を探した。6月16日、タニーは北緯20度10分 東経121度18分 / 北緯20.167度 東経121.300度 / 20.167; 121.300の地点で100トン級サンパンを発見して浮上砲戦で撃沈した。その後はフィリピン海で6月22日まで哨戒を行い、6月29日にミッドウェー島に到着。7月2日、タニーは66日間の行動を終えて真珠湾に帰投。艦長がジョージ・E・ピアース少佐(アナポリス1932年組)に代わった。
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