第6の哨戒 1944年7月 - 9月とは? わかりやすく解説

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第6の哨戒 1944年7月 - 9月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/28 22:12 UTC 版)

ポンポン (潜水艦)」の記事における「第6の哨戒 1944年7月 - 9月」の解説

7月19日ポンポン6回目哨戒オホーツク海方面向かった7月27日北緯3718東経14257分 / 北緯37.300度 東経142.950度 / 37.300; 142.950の地点トロール船浮上砲戦撃沈8月7日ポンポン北緯4612東経15003分 / 北緯46.200度 東経150.050度 / 46.200; 150.050の地点輸送船と「千鳥型水雷艇」を発見し魚雷を4本発射して2つ爆発音聞こえたものの、何も変化はなかった。8月12日午後には、北緯4952東経14450分 / 北緯49.867度 東経144.833度 / 49.867; 144.833の樺太東方海面で、オハ向かっていたキラ003船団発見ポンポン悪天候の中で追跡行い夜に北緯5035東経14402分 / 北緯50.583度 東経144.033度 / 50.583; 144.033の地点いたったところで魚雷3本ずつ発射し、さらに4本発射する最初3本は2本が命中し二度目3本も、うち2本命中。三度目の4本は命中しなかった。一連の攻撃で、「第二御影丸(武庫汽船、2,718トン)」型に擬せられた輸送船まやち丸(三井船舶、2,159トン)を撃沈した。この戦闘最中ポンポンは自らが発射した魚雷のうち1本が艦尾掠め去りポンポンは危ういところを助かった9月3日ポンポン46日間行動終えて真珠湾帰投メア・アイランド海軍造船所回航されてオーバーホール入り終了後12月13日マジュロ到着し間もなく哨戒備えてサイパン島タナパグ港英語版)に進出した

※この「第6の哨戒 1944年7月 - 9月」の解説は、「ポンポン (潜水艦)」の解説の一部です。
「第6の哨戒 1944年7月 - 9月」を含む「ポンポン (潜水艦)」の記事については、「ポンポン (潜水艦)」の概要を参照ください。

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