破産後の新生”リン” (2010年 -)
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2010年6月30日の破産宣告後、リン・フォトボル(Lyn Fotball)として6部(7部に相当)オスロ地区リーグから出直すことになった。リンサポーターは以前と変わらず支持することを決めた。新クラブ初の公式戦は8月11日にクリスチャンサンドと対戦、10-1で圧勝した。初のホームゲームとなった試合が行われた後にフログネル・スタディオンに2000人以上の観客が詰め掛け勝利の歓喜に酔いしれた。破産後に残ったのはエンドレ・フォトランド・クヌーセン(Endre Fotland Knudsen) ただひとりだけであったが8月11日の試合には、リン・オスロ時代の英雄ステヴェン・ルストゥ(Steven Lustü)や、ヨー・テッセム(Jo Tessem)の姿もあった。この試合で10得点中6得点をクヌーセンが決めた。結果5部(6部に相当)に昇格を決め、9月29日のリーグ最終節ではネソヤ(Nesøya)とのアウェーゲームで14-1と圧勝した。また、オスロ地区チャンピオンのハスレ・ローレン2やテイセンIFを下した。 2010年の結果を受け、翌シーズンからアデコリーガエン、3部、4部、5部のどれかに所属することが決まった。リンは、アデコリーガエンの参戦を希望したが、巨額の債務を抱えているため叶わなかった。10月27日にノルウェーサッカー協会は、4部リーグオスロ地区(5部に相当)に参戦することを確認した。 11月20日、公式ホームページ上で1年で3部昇格を果たすためにフィンド・ブレド・オルセンを監督に雇い入れることを発表した。 オルセンは、短期間でチームをまとめなければならなかった。コーチとしての長い経験、広大なネットワーク、クラブ内で知名度があることから監督就任を依頼された理由である。 チームは専ら若手やオスロ出身の選手を中心に組み直された。フォーメーションは4-2-3-1を採用している。2011年シーズン開幕前の練習試合を6・7戦を終えた時点ではオスロ・シティFCに敗れただけである。そして4月10日のリーグ開幕戦には1,922人に観客が詰め掛けロコモティヴ・オスロに6-0で完勝した。 5月16日のオヴレヴォル・ホスル(Øvrevoll Hosle)戦には2078人が詰め掛け10-0で勝利、クラブにとって祝すべき夜となった。前半11戦全ての試合に勝ち、8月からの後半戦も無敗のまま全勝優勝でシーズンを締めくくった。2012年9月30日、本拠地フログネル・スタディオンに詰めかけた2,133人の観客の前で、ロンメダーレンIL(ノルウェー語版)に対し9-0で勝利しオッドセンリーガエン昇格を手繰り寄せた。
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