研究成果についての疑惑と調査
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/12 23:47 UTC 版)
「ヘンドリック・シェーン」の記事における「研究成果についての疑惑と調査」の解説
当初、シェーンの挙げた諸成果は科学者全般に本物だと信じられていた。いくつかの論文は理論予想と矛盾しない結果でもあった。シェーンの研究成果に対して「違和感」を覚える同業者が少数いたものの、研究成果の華々しさや賞賛の声の大きさにより打ち消された。 シェーンは当時、ベル研究所の研究室とは別に、母校であるドイツのコンスタンツ大学の出身研究室にも時々顔を見せていた。シェーンの成果に違和感を持ったベル研究所の一部の同僚は、実験機器類や実験サンプルを見せてほしいと申し出たが、「重要な実験はコンスタンツ大学で行っているためここではお見せできない」とシェーンに説明され、それ以上の追及はできなかった。 やがてシェーンのデータがおかしいとの指摘が挙がるようになった。指摘によれば、シェーンのデータには、一般的な物理学上の常識から導きだすことのできない精度のものが含まれていた。またカリフォルニア大学バークレー校教授のリディア・ソーン(Lydia Sohn)は匿名の通報に基づき、シェーンが行ったとされる2つの実験のデータにおいて、実験温度が異なるのに(それらに含まれる)ノイズが同一であることを発見した。コーネル大学教授のポール・マッキューン(Paul McEuen)はシェーンの論文の別の(三番目の)温度においても、同じノイズが含まれていたことを発見した。「ネイチャー」の編集者達がこれらをシェーンに指摘すると、シェーンはデータの取り違えによるミスだったと釈明した。 マッキューンとソーンらの追跡調査によって、シェーンの論文のデータの多くが重複していることが明らかになった。合計すると、シェーンの論文25本と共著者20人に嫌疑がかけられた。 シェーンが論文発表時に属していた研究グループのリーダーはバートラム・バトログであるが、バトログは不正への関与を否定した。 2002年5月、ベル研究所はシェーンに関する不正調査委員会を立ち上げ、委員会の議長にスタンフォード大学教授のマルコム・ビーズリーを任命した。調査委員会が告発の受付を行ったところ、1ヶ月で24件の告発が集まった。委員会はシェーンの共同研究者全員に質問書を送り、主要な共著者3人である鮑哲南、バートラム・バトログ、クリスティアン・クロックに聞き取り調査を行った。また、加工された数値データを含む論文の原稿を調査した。生データの記録をシェーンに要求したが、研究所の実験ノートには記載されていなかった。彼の生データが記録されたファイルは彼のコンピュータから消去されていた。ハードディスクの容量が限界にきていたため削除したのだとシェーンは弁明した。さらに、実験サンプルはすべて捨てたか、修復不可能までに破損してしまったとも述べた。 2002年9月25日、調査委員会は調査報告書を公にした。調査報告書には24の不正行為に関する詳細な申し立てが掲載されていた。このうち少なくとも16件について、シェーンによる不正行為の証拠が発見された。多くの論文において、実験データが組み合わせて使い回されていたことが判明した。実験データからプロットされたはずのいくつかのグラフは、実は数学曲線によって合成されていたことも判明した。 ベル研究所は報告書が公表された日にシェーンを解雇した。ベル研究所の歴史において初めて不正が発見された事件であった。
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