百樹園とは? わかりやすく解説

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百樹園

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/27 17:09 UTC 版)

百樹園
分類 都市公園
所在地
茨城県水戸市元吉田町 2618-1
座標 北緯36度21分02秒 東経140度29分17秒 / 北緯36.350615度 東経140.487968度 / 36.350615; 140.487968座標: 北緯36度21分02秒 東経140度29分17秒 / 北緯36.350615度 東経140.487968度 / 36.350615; 140.487968
面積 0.76ha[1]
開園 1933年
1986年(都市公園として)
設計者 野原茂六(1933年開設)
駐車場 6台程度[2]
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百樹園(ひゃくじゅえん)は、茨城県水戸市元吉田町に位置し、現在は水戸市の所有となっている都市公園。もともとは民間の施設として1933年に開設され、1986年に水戸市へ移管された[3]

来歴

かつて水戸藩では、第2代藩主となった徳川光圀が、後のひたちなか市三反田の那珂川沿いに数百種類の樹木を植え、当地は「百色山(ひゃくいろやま)」と称された[4]

水戸市で醤油製造業を営んでいた木村傳兵衛 (4代目)[5][6]は、徳川光圀の生誕300年となった1928年に、「百色山」の荒廃を嘆いて自ら樹木園を開設することを計画し、所有する0.7haほどの土地を使って、大規模な樹木園の建設を志した[2]。樹園の設計には、水戸高等学校 (旧制) の教授であった野原茂六があたり、東京帝国大学牧野富太郎植物学者たちの指導の下、地元在勤の研究者であった斎藤卯内、佐藤甲、鶴町猷が、裸子植物3科61種、被子植物61科324種、名木嘉樹856本を集めて植樹したという[2]

脚注

  1. ^ 公演案内 百樹園」一般財団法人 水戸市公園協会。2025年2月27日閲覧
  2. ^ a b c 百樹園のご紹介」水戸市 都市計画部公園緑地課。2025年2月27日閲覧
  3. ^ 水戸商工会議所東部ブロック「歴史と伝統の東部巡り」水戸商工会議所。2025年2月27日閲覧
  4. ^ 第4章 自然環境/4 下流域/(2) 自然環境と生物/2 百色山」『環境百科 那珂川』国土交通省関東地方整備局常陸河川国道事務所、2006年、118-119頁https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000024404.pdf2025年2月27日閲覧 
  5. ^ 後に水戸市長を務めた木村傳兵衛の父。
  6. ^ 茨城新聞「水戸の百樹園、パンフレット一新 茨城県内初の植物園 牧野博士ゆかり、朝ドラ追い風に」『きたかんナビ』上毛新聞社/下野新聞社/茨城新聞社、2023年12月20日。2025年2月27日閲覧





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