生物学的試験
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/13 15:01 UTC 版)
「PGM-19 ジュピター」の記事における「生物学的試験」の解説
ジュピターMRBMは準軌道 (suborbital) に到達する弾道飛行を行う一連の生物学的試験に使われた。1958年12月13日、ジュピターMRBMのAM-13号機は、アメリカ海軍が調教しゴード (Gordo) と名付けられた南米リスザルを乗せたノーズコーンを搭載してフロリダ州のケープ・カナベラルから打ち上げられた。帰還時、ノーズコーンのパラシュートは動作に失敗し、ゴードは飛行から生還できなかった。飛行テスト中に送信されていたテレメーターデーターによれば、リスザルは発射時の加速度10G(98m/s2)、8分間の無重量、大気圏再突入における10,000mph(4.5km/秒)からの40G(390m/毎秒毎秒)の減速を生き抜いた。ノーズコーンはケープ・カナベラルから飛行距離1,302海里(2,411km)の位置に沈み、回収されなかった。 もう1つの生物学的飛行テストは1959年5月28日に開始された。ジュピターMRBMのAM-18号機には、体重7ポンド(3.2kg)のアメリカ生まれのアカゲザル・エイブル (Able) と、体重11オンス(310g)の南米リスザル・ベイカー (Baker) が乗せられた。サル達が乗ったミサイルのノーズコーンは高度360マイル(579km)達したあとケープ・カナベラルから1,700マイル(2700km)離れた大西洋のミサイル演習場に落下した。サル達は正常な重力の38倍の加速と9分間の無重力に耐えた。16分の飛行の間に速度は最高で10,000mph(4.5km/秒)に達した。エイブルとベイカーを乗せたジュピターMRBMのノーズコーンは、着水した後に米海軍の艦隊航洋曳船カイオワATF-72によって回収された。 サル達は飛行テストを良好な状態で生き延びた。飛行テストから4日後、エイブルは医学的な状態をモニターするために体内へ挿入されていた電極を取り去るための外科手術をうけたが、麻酔の反応によって死んだ。ベイカーは無事に生き延び、1984年11月29日にアラバマ州ハンツビルのアメリカ宇宙ロケットセンターで死んだ。 ゴード、エイブル、ベイカーは宇宙に送られた多くのサルのうちの3匹である。
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