生物学的な理論体系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 10:15 UTC 版)
衛生仮説の免疫学的な理論的裏付けとして当初提案されたのがTh1/Th2パラダイムである。この理論においては、T細胞が分化したTh1細胞とTh2細胞の釣り合いが破綻することによりアレルギー疾患が発生すると考える。すなわち、いわゆるキラーT細胞が関与する、細胞性免疫を担うTh1細胞の活性化が不十分だと、抗体を産生する液性免疫を担うTh2細胞の活性が過剰になり、両者の釣り合いが破綻してアレルギー疾患が発生するというものである。 そもそも、アレルギーは無害な抗原に対して過剰にTh2細胞性の免疫反応が誘起されることによって生じるものであり、この免疫応答においてTh2細胞はIL-4、IL-5、IL-6、IL-13を産生し、免疫グロブリンE (IgE) の産生を亢進する。一方、Th1細胞は細胞性免疫を誘導する炎症性サイトカインであるIL-2、IFNγ、TNFαの産生を特徴とする。Th1細胞の活性化と関連する因子としては年上の同胞の存在、大家族、早期からの保育、感染症(結核、麻疹、肝炎)、農村における生活、動物との触れあいがある。一方でTh2細胞の活性化と関連する因子としては抗生物質の多用、欧米的な生活習慣、都市環境、食事、ダニやゴキブリへの感受性があげられる。Th1細胞とTh2細胞は相互に作用を抑制するため、一方の活性化はもう一方の抑制につながる。 しかし、Th1細胞の過剰な活性化によって発生する自己免疫性疾患(例えば多発性硬化症など)も衛生的な国で多いことが判明し、Th1細胞とTh2細胞の破綻では衛生仮説を説明することは困難になった。 そこで新たに提唱されたのが、発達段階にある免疫系が適切に制御性T細胞を発達させるためには病原体、共生細菌、寄生虫などから刺激を受ける必要があるという説である。前述のような刺激を欠いた場合、免疫系はTh1・Th2系の反応に対する抑制が不十分になり、結果として自己免疫性疾患やアレルギーを発症しやすくなる。例えば蠕虫の感染はTh2細胞の活性化を招くため、Th1細胞の過剰な活性化によって生じる自己免疫性疾患の抑制につながるのはTh1/Th2パラダイムからも説明できる。しかし実際には蠕虫の感染は、Th1系の疾患のみならず、比較的最近明らかになったTh17系の疾患や、Th2系の疾患にも抑制的に働く。蠕虫の感染はしばしば制御性T細胞の活性化につながることから、蠕虫の感染が制御性T細胞の作用を通じて免疫を制御し、過剰な免疫反応に起因する疾患から宿主を守る可能性が考えられている。
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