激しい気性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/19 14:39 UTC 版)
英国の文芸批評家ウィリアム・フィールドは以下のような逸話を伝える。ロシア出身のパウロ・ドゥミドフ大公は、コーラ・パールを困らせようと、レストラン「メゾン・ドール」で帽子を脱がなかった。彼女は大公のステッキを奪うや、彼の頭を叩きつけたあげく「ごめんなさい。このステッキとても綺麗だったのに壊れてしまったわ」と平然と述べたという。大公は驚くと同時にやり込めてやろうと、コーラのネックレスの真珠が偽物であると主張すると、コーラはいきなりそのネックレスを床に投げつける。飛び散った真珠を指して「さあ、拾い集めて本物であることを確かめなさい。あなたのネクタイピン用に一つ差し上げるわ」と言い捨てて去った。大公は茫然自失のままだったが、レストランで食事をしていた他の貴族たちは、腹ばいになって真珠をかき集めたという。 コーラの気性は激しく、女性としては珍しい決闘経験者でもある。1863年にはセルビア王子の容貌をめぐって別の娼婦マルト・ド・ヴェールと口論になった。二人とも乗馬に自信を持っていたため、乗馬用の鞭を武器として決闘することになった。双方とも顔に多くの傷を受け、一週間は人前に出られないほどだったという。 彼女は後援者からの経済的支援に恩義を謝するどころか、ほとんど罵倒と侮辱をもって返答した。しかし彼女にとっては自然体でしかないその異常な言動は、フランス社交界の男達の間で逆に喝采を浴びることになる。女王然と振る舞ったコーラ・パールに、ナポレオン公はおろか皇帝ナポレオン3世すら頭を垂れて思し召しを伺ったという。ラノーは「彼女は洗練されていない本能の粗暴さゆえに、また自分が奉仕している男達への復讐のために、閨房でも彼らを蔑み、侮辱し、行為の最中も男達を跪かせてその快楽を楽しんだ」と述べており、ミュファ伯爵をなぶりものにする『ナナ』と同様である。 しかし彼女は女王扱いされたとしても、まだ満足できず、女優としての道も諦めていなかった。1866年には以前の失敗にも懲りずに再び舞台に立つ。オッフェンバックの『地獄のオルフェ(天国と地獄)』のウェヌス役を演じ、ほとんど全裸に近い格好で舞台に立ったのである。しかしその下品な振る舞いや声質の悪さは、閨房における上流階級の男性とは違い、全く受け入れられず、無残な結果に終わり、彼女を失望させた。娼婦をへて舞台女優となり、上流階級の男たちをすさまじい浪費で次々に破滅させてゆく姿は、まさに『ナナ』そのものであった。
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