明治4年以降とは? わかりやすく解説

明治4年以降

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 06:59 UTC 版)

大隈重信」の記事における「明治4年以降」の解説

明治4年6月25日大久保主導制度改革参議少輔以上が免官となり、新参となった木戸西郷隆盛によって新たな人事が行われることになった大隈はこの日参議と大蔵大輔を免ぜられ、6月29日大蔵大輔再任された。しかし7月14日には参議に任ぜられ、大蔵大輔は免ぜられた。11月12日岩倉使節団出国すると、大隈留守政府において三条・西郷らの信任得て勢力拡大し大蔵大輔となっていた井上馨対立するうになる1873年明治6年5月井上辞職すると、大蔵省事務総裁兼ねて大蔵省実権を手にした。5月26日には大蔵卿大久保帰国したが、その後実権握り続けた一方でウィーン万国博覧会参加要請日本政府正式に受け、博覧会事務局設置大隈総裁佐野常民副総裁務め明治になって政府初め参加した万国博覧会となり、近代博物館源流となった大隈会場出席するため渡欧しようとしたが、政府内の同意得られ出国しなかった。 明治六年政変では、当初征韓論反対態度を示さなかったが、10月13日以降征韓としての活動始めた征韓派は失脚し佐賀藩先輩であった江藤新平副島種臣袂を分かった政変後の10月25日には参議大蔵卿になった。また大久保利通連名財政についての意見書太政官提出している。

※この「明治4年以降」の解説は、「大隈重信」の解説の一部です。
「明治4年以降」を含む「大隈重信」の記事については、「大隈重信」の概要を参照ください。

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