日本でのバニング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/01 22:51 UTC 版)
日本への導入は諸説あるが、主に1970年代とされている。その際モチーフ全てを導入したわけではなく、彼らなりの観点で消化・吸収された。 そのため当初から日本の愛好家たちの間では、アメリカに売られているバンだけにこだわらず、当時国内に流通していたバン(主にトヨタ・ハイエースや日産・キャラバンなど)を使ってカスタムしていた。 この分野の普及に貢献したのはサーファーなどのバンを普段の生活で使っていた人々、特にそのなかでも従来の商業車然としたバンのイメージにこだわらない者や、他人と同じ車に乗りたくないといった意志をもっていた者とされている。 導入初期の頃はカスタム自体はアメリカのホットロッドやキャルルックなどに見られるような手法(例えば明るめのカラーリングや車体にフレームスを入れるなど)で行われていたが、バブル期にバニングがカスタムの世界においてブームとなると、他ジャンルからのカスタマーが流れてきたため次第にアメリカを意識しない日本独自の派手な志向に転向していき、爆音・大径オーディオや威圧的なエアロパーツ、車高と同等の高さを持つリアスポイラーを装着するなど、発祥当初のスタイルから乖離し、日本独自の文化として発展していった。 アメリカと異なり日本国内においては特に車両に対する法令の規定が厳しいため、かつてはカスタムを行った車を路上で運用するためにこの分野の愛好家の間では特殊車両を意味する8ナンバーを取得することが一般的であったが、現在では法規が改正されたために合法で通すのが難しくなっている。
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