戦死状況とは? わかりやすく解説

戦死状況

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 05:17 UTC 版)

市丸利之助」の記事における「戦死状況」の解説

1945年3月26日未明日本軍硫黄島守備隊最後組織的反攻行い栗林忠道陸軍中将市丸海軍少将以下、数百名の残存部隊がアメリカ軍陣地総攻撃をかけた。 市丸少将遺書としてアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルト宛てた『ルーズベルトニ与フル書』をしたため、これをハワイ生まれ日系二世三上弘文兵曹英訳させ日本語、英語各一通作りアメリカ軍将校遺体検査することを見越してこれを村上治重大尉渡した村上大尉は最後突撃の際にこれを懐中抱いて出撃戦死。『ルーズベルトニ与フル書』は目論見どおりアメリカ軍の手渡り7月11日アメリカで新聞掲載された。それは日米戦争責任一端アメリカにあるとし、ファシズム打倒掲げ連合国大義名分矛盾を突くものであった。「卿等ノ善戦ニヨリ、克(よ)ク「ヒットラー総統ヲ仆(たお)スヲ得ルトスルモ、如何ニシテスターリン」ヲ首領トスル「ソビエットロシヤ」ト協調セントスルヤ。」(ルーズベルト4月12日死去したため、『ルーズベルトニ与フル書』は本人は目にしていないとみられる。) なお、公式な戦死日は訣別電報打電され3月17日とされている。市丸最期確認したはおらず遺体発見されていない市丸所有していた刀を米兵拾いニュージャージー州骨董店並べられていたが、市丸遺品であることが判明しNHKテレビ番組通じ遺族元へ戻っている。

※この「戦死状況」の解説は、「市丸利之助」の解説の一部です。
「戦死状況」を含む「市丸利之助」の記事については、「市丸利之助」の概要を参照ください。

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