店内の避難設備と消防防災関係設備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 22:45 UTC 版)
「千日デパート火災」の記事における「店内の避難設備と消防防災関係設備」の解説
プレイタウン店内の避難設備は、ホール北東角の窓下に救助袋(斜降式。内径は縦62センチメートル×横57センチメートル)が1つ備えられていた。1958年(昭和33年)12月に千日デパートビルが新装開業した際、移動式救助袋が4階から屋上までの各階に設置されたが、プレイタウンの救助袋はそのうちの一つである。1963年(昭和38年)8月17日、固定金具を取りつけるための改修が施され、救助袋は固定式となった。救助袋の全長は30.21メートルで、開口部は一辺が85センチメートルの支持棒に上下で取りつけられており(縦枠は78センチメートル)、平時には倒して収納している上枠支持棒を180度上方へ引き上げることで袋の入口が完全に開く仕組みになっていた。 プレイタウン店内の防災関係設備は、消火器14、報知器3、屋内消火栓3、店内放送スピーカー15、誘導灯7、標識板2、防火隊専用栓2、防火区画1、懐中電灯10などが装備されていた。プレイタウンの外窓開口部の大きさは、北側、北東側、東側の各窓共通の寸法で縦102センチメートル×横180センチメートルで、床から78センチメートルの位置に設置されていた。救助袋が設置してある北東角の窓に関しては「観音開き2枚」で構成されていた。そのほかの窓は「外突き出し1枚窓」で各窓共通である。厨房窓は例外的に特殊な構造をしており、横幅が少し狭く、換気扇が窓両脇に2つ填め込まれている関係で固定式だった。地上(GL)から7階プレイタウンの外窓下枠までの高さは、約25.5メートルである。 プレイタウンに通じていた階段は全部で4階段「A、B、E、F」があった。従業員専用エリアに面していない「階段A、F」の7階出入口は、店の営業中においても常時施錠されていた。A階段の7階出入口は、普段から防火扉の前に看板を貼り付け、扉の全面を覆い隠した状態になっており、扉の存在が誰の目にも判らないようになっていた。だが扉の上には非常口を示す「誘導灯」が設置されていた。F階段電動防火シャッターは、通常において電源は切られており、開閉できないようになっていた。シャッター部分の全面にベニヤ板を貼り付けたうえで、その部分を常にカーテンで覆い隠し、その前面にはテーブルとボックス席が置かれていた。また特別避難階段の7階B階段出入口は、プレイタウンの営業中は常時解錠されており、従業員は自由に出入りすることができた。7階B階段出入口については、施錠ならびに解錠の両方をプレイタウンが管理していた。B階段は、普段からプレイタウン専用階段になっており、おもにプレイタウン従業員(ホステス)の退勤時に利用されていた。とりわけ23時過ぎの退勤時に専用エレベーターが混雑する理由から店側は客にエレベーターを優先して使ってもらうために、従業員に対してはB階段を使って帰宅するように推奨していた。7階E階段出入口は、普段は基本的に施錠されていたが、ホステスたちは扉を任意に解錠してデパート内の売場に出入りしていた。この7階E階段出入口の施錠については、プレイタウンの担当とされており、デパート管理部から管理を任されていた。
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