床次家
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 00:56 UTC 版)
(鹿児島県、東京麻布三河台町) 父・正精(鹿児島県士族)正精は薩摩藩主の一門・宮之城領主島津久治に仕えた武士で奥小姓・御納戸役を勤めた。藩内では西郷隆盛に近い保守派に属し、明治維新後は藩士同志の内紛を調停するために上京し、後に司法省に入省して判事となった。また独学で油絵を学び、1879年には画家に転向した。伊藤博文らの肖像や大日本帝国憲法発布式典の絵などを描いている。 妹シゲ(福岡県、水野敏之丞(理学博士)に嫁す)) 明治5年(1872年)8月生 - 没 弟正廣(分家する)) 明治20年(1887年)2月生 - 没 妻 清子(橋本庸徳の長女) 恭子(男爵水谷川忠起の長女) 明治23年(1890年)7月生 - 没 長女・春子(山形県士族・鈴木信太郎(内務官僚)に嫁す) 明治26年(1893年)9月生 - 没 二女・フユ(東京府人・佐藤重遠(目白学園創設者、宮崎県選出の衆議院議員)に嫁す) 明治31年(1898年)12月生 - 没 男・正一 明治34年(1901年)3月生 - 没 男・徳二(政治家、第19代総理府総務長官) 明治37年(1904年)2月生 - 昭和55年(1980年)2月没 女・夏 明治39年(1906年)6月生 - 没 女・秋 明治42年(1909年)3月生 - 昭和2年(1927年)5月16日没
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