州間高速道路35号線の経済効果
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/13 23:09 UTC 版)
「ラウンドロック (テキサス州)」の記事における「州間高速道路35号線の経済効果」の解説
1950年代、郡内では綿花生産と出荷の中心であり、人口も多かったテイラーの町が経済の中心だった。当時計画された州間高速道路体系の一部である州間高速道路35号線は、ダラスからオースティンに向かう途中でテイラーを通るものと予測されていた。実際に高規格道路コミッショナーのデウィット・グリアが描いた当初の計画では、テイラーを抜ける「地域間」高規格道路が入っていた。テイラーの市民や指導者がテイラーを通るルートに反対するロビー活動を行った。彼等は農地を失うことから、通行権という欲しくないものが発生すること(このとき提案された通行権は幅300フィート (90 m) というそれまで聞いたこともないようなものだった)、農夫の家と農場が道路を隔てて切り離されること、交通の騒音が発生すること、および田園生活が失われることまで、様々な理由を言い立てて反対した。誰も「地域間高規格道路」がどのようなものかを知る者はいなかった。彼等はその代わりに産地市場直結道路の改良とオースティンに到る「エアラインハイウェイ」(真っ直ぐな道路)の建設を望んだ。 一方、ラウンドロックの指導者達は高規格道路がもたらす潜在的な経済開発機会に焦点を当てて、その道路が自分達の町を通ることを望んだ。当時の誰も(ドイツに旅してアウトバーンを見たことが無ければ)「州間高速道路」という道路を見たこともなかったが、当時の市長ルイス・ヘンナは高規格道路委員会にラウンドロックを通るルートについて懸命な請願を行った。1956年6月、州間高速道路の形態、予算および経路に関する15年間におよぶ議論に決着を見た。ラウンドロックが熱心にロビー活動を行い、テイラー市民の反感を買うことを望まなかったことで、経路は最終的に変更され、この道路はラウンドロックを通るバルコーンズ断層線の縁に沿って建設された。しかし、正確な経路は「オールドタウン」を切断し、その西の極最近に「中心街」となった地域を通るものだったにも関わらず何の反対も無かった。この州間高速道路はラウンドロックを発展しうる活動的な経済中心に変えた。この道路ができたことと、主要産物として綿花の重要性が衰退したことにより、テイラーは人口の少ない小さ質素な町であるのに対し、ラウンドロックは繁栄して郡内最大の都市まで急拡大し、デル・コンピュータや大型小売りセンターのような事業を引き寄せた。ラウンドロックの変遷はリンダ・スカーボロー(ウィリアムソン郡サン紙の発行者)の著書『道、川およびオールドボーイの政治:農場からスーパー郊外都市に到るテキサスの郡部が選んだ道』(テキサス州歴史出版社発行)に詳しい。
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