実験結果をめぐる科学的議論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/16 02:16 UTC 版)
「フィゾーの実験」の記事における「実験結果をめぐる科学的議論」の解説
フレネルの仮説はフィゾーの実験結果を説明することには成功したものの、フィゾー自身を含め(1851年)、マスカール(1872年)、Ketteler(1873年)、Veltmann(1873年)、ローレンツ(1886年)などこの分野の多くの指導的な専門家は、フレネルの部分エーテル引きずり仮説が理論的には根拠の薄いものだという見解で一致していた。例えば、Veltmann(1870年)はフレネルの式は(屈折率が波長に依存するため)光の波長に応じてエーテルの引きずられる割り合いが変化せねばならぬことを指摘した。同様にマスカール(1872年)は複屈折を示す物質では異なる偏光を持つ光についてエーテルの引きずられる割り合いが異なることを指摘した。エーテルは同時に(異なる引きずり係数に対応する)異なる運動状態にあるという考えにくい性質を持つことになってしまっているのである。 フィゾーが自分自身の実験結果に満足していなかったことは論文の結論部分から容易にみてとれる。 The success of the experiment seems to me to render the adoption of Fresnel's hypothesis necessary, or at least the law which he found for the expression of the alteration of the velocity of light by the effect of motion of a body; for although that law being found true may be a very strong proof in favour of the hypothesis of which it is only a consequence, perhaps the conception of Fresnel may appear so extraordinary, and in some respects so difficult, to admit, that other proofs and a profound examination on the part of geometricians will still be necessary before adopting it as an expression of the real facts of the case.(訳:実験の成功によりフレネルの仮説を、少なくとも光速度への媒体の運動の影響に関するフレネルによる表式を、採用するより他なくなったように私には思われる。フレネルの表式はフレネルの引きずり仮説の一つの帰結に過ぎないわけだが、表式の正しさは確かに仮説が正しいことをも示す強い証拠ではあろう。しかし、フレネルの仮説はあまりにも奇抜(extraordinary)なものであり、その正しさを認めることはある意味非常に難しいと言ってもよかろう。そのため、フレネルの部分引きずり仮説が実際に起っている現象の表現として適切であるとするには、他の証拠や幾何学者(理論家)による深い吟味が今後必要であろう。) 殆どの物理学者はフレネルの部分エーテル引きずり仮説に満足していなかったにも関わらず、フィゾーの結果はその後、追試や精度をあげた再実験により(前節参照)高い精度で検証されていくのである。 さらに新たな大きな問題が1887年のマイケルソン・モーリーの実験により生じた。部分エーテル引きずり仮説によればエーテルは殆ど静止していなければならない。これは、マイケルソン・モーリーの実験でエーテルと地球の相対速度(いわゆるエーテルの風)が検出されるべきことを意味するのだが、実験結果は否定的なものであった。当時エーテル説の観点からは種々の実験によって得られた結果は互いに矛盾してしまっていたのである。光行差とフィゾーの実験(とその追試)は部分エーテル引きずり仮説を支持する一方、1887年のマイケルソン・モーリーの実験はエーテルが地球に対して静止していること、すなわちエーテルが(部分的ではなく)完全に引きずられていること(エーテル引きずり仮説(英語版)参照)を示していた。フレネルの仮説がフィゾーの実験結果を説明する、正にその事実が理論的な危機を生んでいたと言える。この危機的状況が解決されるには特殊相対論の登場を待たねばならなかった。
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