女体緊縛の社会的認知
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/31 14:35 UTC 版)
緊縛方法の進歩にあわせるように、女体緊縛という倒錯した性的嗜好が社会的認知を受けるようになる。 緊縛ヌード写真の氾濫昭和40年代には多くの月刊SM雑誌が創刊され、別冊緊縛写真集なども次々と出版されるようになった。これらの雑誌には女責めの小説とともに、若い女性モデルが様々な場所・情況設定のもとで全裸緊縛され、淫靡な責めに苦悶する画像が満載された。初期のSM雑誌の表紙は控えめな装丁で、マニアにだけそれとなく緊縛雑誌であることをわからせるデザインだったが、SM雑誌ブームの到来とともに扇情的な緊縛ヌードで表紙を飾ったSM雑誌が書店の店頭に並べられ、「裸の女を縛る」という背徳の世界が否応無く一般の人々の目に触れるようになる。 映画と緊縛女優前述した団鬼六の人気嗜虐小説が次々と映画化されてヒットした。谷ナオミ(乳房縛り)、高倉美貴 修道女縄地獄、麻吹淳子ら女優の妖美な緊縛映像とともに、「調教」・「縄」・「奴隷」などのSM特有のキャッチコピーが公共媒体に出現するようになり、彼女達の知名度の向上につれて、緊縛趣味も徐々に認知されていく。女優の中で異色な存在としては、緊縛ヌードモデルから一般女優になった東てる美がいる。 昭和40年代に奇譚クラブに連載された団鬼六の「花と蛇」は、愛好家が密かに読んだ猥褻図書であった。美しい令夫人が淫虐かつ執拗な責めで肉体を調教され、牝奴隷に転落していく小説である。この「花と蛇」は過去に何度か映画化されたが、近年、杉本彩の主演で再度映画化され、テレビ・映画などで活躍する杉本彩とともに、女責めの映像とストーリーが広くマスコミに取り上げられるようになった。そこでは女体緊縛が「縄化粧の芸術」にまで昇華され、昭和の時代に緊縛が倒錯趣味として日陰の存在であったことに比べると、隔世の感がある。
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