失踪騒動とは? わかりやすく解説

失踪騒動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 09:48 UTC 版)

河野博文」の記事における「失踪騒動」の解説

1990年5月24日河野試合前に東京ドームフェンス駆け上がる遊びをしていたところアキレス腱断裂し、全治6ヶ月診断され二軍落ちとなる。しかし8月途中頃からマネージャー連絡取ろう思って取れず音信不通状態になっていた。事を大きくしたくない球団はこの件を外部漏らさずにしてきたが、それも限界となり10月31日当時球団常務であった大沢啓二によって河野所在不明であることが公表されマスコミ河野失踪大きく報じられる事となる。その公表10数時間後に母親に連れられて球団事務所に姿を現し河野は、記者会見で「球団側から任意引退』を申し渡されクビだと思って実家帰り球団からの連絡シャットアウトしていた」と釈明行った。 なお、任意引退とは「球団保有がある引退」のことであるが、当時任意引退であっても選手として球団所属し続ける者がいた。これは当時、各球団支配下登録選手60名までと指定されていたことが関係している。その60名の範囲内戦力有効活用するために、故障長期間治療必要な選手マイナーリーグへの野球留学日本球界試合に出る見込みの無い選手任意引退扱いにすることが各球団行われ実績残した選手上記理由現役時代任意引退扱い経験している。日本ハム球団河野任意引退通告したのも、河野怪我治療専念させて、代わり選手登録する空けることが目的であった。この一件以来支配下選手登録から外れた選手は「準支配下選手」という肩書きとなり(1992年から支配下選手70名に拡大され支配下選手廃止)、「任意引退」は球団から籍を除外するときのみ使用するよう、球団マスコミ内で見解統一された。

※この「失踪騒動」の解説は、「河野博文」の解説の一部です。
「失踪騒動」を含む「河野博文」の記事については、「河野博文」の概要を参照ください。

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