大阪市長へ
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2007年10月18日、任期満了に伴う大阪市長選挙(11月4日告示、18日投開票)に民主党推薦で無所属として立候補することを表明。その後国民新党の推薦と社民党の支持を得る。選挙戦では、知名度を活かして民主党支持層から無党派層まで幅広く支持を受け、367,058票(確定得票数)を得て、現職の關淳一を破り、初当選を果たした(2007年大阪市長選挙も参照)。12月19日に大阪市長に就任。戦後初の、行政経験がなく公務員出身でもない民間出身の大阪市長となった。 11月19日、マスコミのインタビューに対し、市政の課題について、下記のように方針を語った。 市民サービスの低下を招かないよう、新規での職員採用凍結の解除。 市政改革推進会議を解散し、「財政改革・景気対策」「医療・福祉・防災・環境」「教育・文化・芸術・スポーツ」「情報公開・広報」の4委員会を新たに設置。 大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)については、徹底した情報公開を行い、責任の所在を明らかとした上で、金融機関への債権放棄も含めた最終処理を実施。 @media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}大阪市交通局(市営地下鉄・市バス)は当面現行の地方公営企業のままとし、任期中に住民投票条例を制定した上で民営化の是非をはかる[要出典]。
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