大阪市長・大阪府知事ダブル選挙
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 15:33 UTC 版)
「大阪都構想」の記事における「大阪市長・大阪府知事ダブル選挙」の解説
2010年4月に設置された「大阪府自治制度研究会」や2011年7月に設置された「大阪府域における新たな大都市制度検討協議会」によって、同構想の議論が具体化していくなか、平松邦夫大阪市長(当時)の任期満了(1期目)に伴い、大阪市長選挙が実施されることとなった。 このとき、当時3か月の任期を残していた大阪府知事の橋下徹が、同構想などを争点とするために、知事を辞職して大阪市長選挙に鞍替え出馬をすることを表明したため、1971年以来40年ぶりに大阪市長選・大阪府知事選が同日に行われるダブル選挙となった。 大阪市長選は、「大阪都構想」の推進および「教育基本条例案」「職員基本条例案」の制定を主張する橋下と、これに反対する現職の平松邦夫(自民党支持、民主党・共産党支援)の一騎討ちとなった。また、大阪府知事選には、大阪維新の会幹事長の松井一郎、元池田市長の倉田薫(自民党支持・民主党支援)ら7人が立候補し、やはり同構想推進派の松井と反対派の倉田という構図となった。 両選挙は2011年11月27日に投開票され、大阪市長選は橋下徹が現職の平松邦夫に22万票以上の差をつける75万票を獲得し当選、大阪府知事選は松井一郎が2位の倉田薫に約80万票の差をつける200万票を獲得し当選した。
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