和漢薬「七ふく」の誕生と沿革とは? わかりやすく解説

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和漢薬「七ふく」の誕生と沿革

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 00:50 UTC 版)

七ふく製薬」の記事における「和漢薬「七ふく」の誕生と沿革」の解説

5代将軍綱吉時代元禄3年1690年)。大坂道頓堀隣町である高津(こうづ)は、当時高津神社門前町として栄えていた。参道並んだ和漢屋の主人である初代伊藤長兵衛は、漢方医から製法習い創製したのが「丸薬 七ふく」。当時商品名は『毒下し薬 ひゑくすり』で、排泄うながし、おなかの中にたまっている悪いものを排出すれば万病治る考えられていた。口コミ評判高まり万能薬として全国に広まると、同じ商品名のものが出回るようになった。そのため、〝七服分〟という意味の『七ふく』を頭につけたと言われている。現在のネーミングになったのは、明治30年代大正昭和時代移り変わるとともに、『丸薬 七ふく』は、家庭常備薬として代々受け継がれるようになった明治の「南の大火」や昭和の「大阪大空襲」で被災したため店はないが、現在の本社創業と同じ場所に位置する伝統重み受け継ぎ、『丸薬 七ふく』は創業当初と同じ製法でつくり続けられて来た。 しかし2014年12月、『丸薬 七ふく』の製法ブランド及び商標当社と同じ大阪市中央区本社を置く大手製薬会社小林製薬譲渡することになった七ふく製薬本社・工場所在地である高津地域住宅密集地であり、工場建て替え難しいことを理由にしている。七ふく製薬存続するが、製薬からは撤退し本社再開発予定だという。 2015年2月4日付で、『丸薬 七ふく』は小林製薬譲渡された。3月25日小林製薬版『丸薬 七ふく』が発売された。小林製薬は「日本の伝統一つである『七ふく』の歴史をその理念製品と共に引継ぎ守っていきます」とコメントしている。

※この「和漢薬「七ふく」の誕生と沿革」の解説は、「七ふく製薬」の解説の一部です。
「和漢薬「七ふく」の誕生と沿革」を含む「七ふく製薬」の記事については、「七ふく製薬」の概要を参照ください。

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