史跡整備と復元
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1972年(昭和47年)より秋田城跡調査事務所(秋田市教育委員会)による発掘調査事業が継続して行われるようになった秋田城跡であるが、1980年代からは次の段階として、出土した遺物を公開展示して市民に理解を深めてもらい、史跡を歴史に親しむ場とする、史跡の整備活用のあり方が模索されるようになってきた。秋田市では1987年(昭和62年)に整備基本計画を策定、1989年(平成元年)からは国の補助を受けながら、秋田城跡環境整備事業に着手している。中でもまとまった調査が行われた鵜ノ木地区が先行して整備され、古代沼の復元などが行われることとなった。前後して1989年(平成元年)から1990年(平成2年)にかけて行われた第54次調査において外郭東門跡が発見され、これらは研究の成果を反映の上で、鵜ノ木地区の整備と一体化して外郭東門と築地塀の復元が行われることとなった。1998年(平成10年)に外郭東門の復元工事が完成、出羽柵として創建された当初の姿を明らかにした。同年3月31日付をもって周辺の史跡公園が高清水公園として告示され、当公園は日本の歴史公園100選に選定されている。また、以前より秋田城跡出土品収蔵庫において発掘された遺物が公開されてきたが、2016年(平成28年)4月、新たに秋田城跡歴史資料館が開館した。 外郭東門から見た古代沼(復元) 外郭東門(復元) トイレ遺構(復元)
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