初期の誤認
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/04/28 06:43 UTC 版)
本種を最初に報告した Ritsema は、ロッテルダム動物園のビーバーに寄生していた個体を譲り受けて、1869年9月15日発行のフランスの昆虫雑誌『Petites Nouvelles Entomologiques』に新属新種として発表した。一般の甲虫類からかけ離れた外見やビーバーに寄生するという生態に惑わされた彼は、原記載の中で「疑いも無くノミ目(Suctoria)に属するものである」と述べたが、一方では通常のノミは左右に扁平で本種のように背腹に扁平なものはこれまで知られていないこと、上翅の形態が甲虫のハネカクシ科のそれに似ていること、小盾板などもカメムシや甲虫のそれに類するとも述べており、既知のノミ類とは大きく異なることも認識していた。しかし新属新種として記載するに止まり、新科の創設はしなかった。また、原記載には「Castor Fiber L.(ヨーロッパビーバー)」に寄生していたとあるが、当時この動物園ではアメリカビーバーしか飼っておらず、その誤りだとされる。 この Ritsema の発表からわずか2週間後、Westwood は10月1日発行のイギリスの昆虫雑誌『Entomolgists Monthly Magazine 』に本種1種のためだけに創設した「Achreioptera」という新目(もく)を発表した。本種が甲虫類であることが判明するのはこの数年後の1872年で、LaConte が初めて本種が Leptinus 属に近縁ながら非常に特殊化した甲虫であることに気付き、ビーバーヤドリムシと Leptinus 属を合わせて Leptinidae という新科を創設した。 しかし学名そのものは、たとえ分類が誤っていたとしても、先に記載された学名に優先権が与えられる先取権の原則があるため、この Leptinidae という科名は当初ノミ目と誤認していた Ritsema が創設したビーバーヤドリムシ科 Platypsyllidae のシノニムとなる。また、甲虫と判明した後もその分類上の位置については種々議論されたが、これらの詳細は「Platypsyllus 属の興味深い変遷史」として Dessart(1993) によってまとめられている。 20世紀中は独立の科として扱われることが多く、その場合の科名には Leptinidae がしばしば用いられた。21世紀初頭では後述のとおり類縁の3属とともにビーバーヤドリムシ亜科としてタマキノコムシ科の1亜科に位置づけられることが多いが、今後の研究の進展によっては再び分類上の扱いが変わる可能性もある。
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