公表後の反応
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 04:41 UTC 版)
「田母神論文問題#航空幕僚長更迭」も参照 この論文の主旨が政府見解(村山談話、小泉談話)と明らかに異なる歴史認識と示されるとともに、憲法との関係でも不適切な部分がある、それを外部に発表したこと、自衛隊最上層部への申請なく応募したとして、浜田靖一防衛大臣から航空幕僚長の職を解かれて航空幕僚監部付となったうえで、60歳定年が適用され、同年11月3日をもって自衛隊を定年退官する事態となった。浜田はこれについて、田母神が自ら辞職する意志もなく、また処分手続きに協力する見込みもないことから、田母神の空幕長としての定年である2009年1月21日までに懲戒手続きが終わる見込みがないため、早期に田母神を処分するためであったと説明している。自衛隊員の中には「どこまで制服組の発言が許容されるかのパイオニアになろうと瀬踏みしている印象があった。すごいなと思う」と述べると供に心配の声が上がったという。 退官行事は行われず、皇居への参内も認められなかった。幕僚長解任後、退職金約7000万円を受領。浜田靖一防衛大臣から自主返納を促されていた が、田母神は返納しない考えを示した。同年11月11日、参議院外交防衛委員会に参考人として招致され、問題となった論文について民主党(当時)の浅尾慶一郎より質問を受け、論文内容を否定するつもりはないことを改めて強調した。また、同年12月23日に日本会議熊本が主催して熊本市内で行われた「村山談話の撤回を求める熊本県民集会」講演で「制服自衛官の99%が私を支持していると思う」と主張した。12月、防衛省は「文民統制の面から重大」とする報告書をまとめ、当時の人事教育部長らを注意処分とした。 2009年2月19日、日本の前途と歴史教育を考える議員の会に招かれて自民党本部で行った講演では、改めて自分の正当性を主張。石破茂から「空幕長ともあろう人があんな偏った歴史観では困る」と苦言を呈されたことに触れ「偏っているのはあなただと言いたい」と発言。更迭についても「辞表を書かなかったのは『ごめんなさい』と言いたくなかったからだ。一部調査では6〜7割が私を支持しており、もう少し頑張った方が良かったかもしれない」と強調。出席者からは「そうだ」「興味深い話を聞いた」と賛同の声が上がったという。
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