八剣宮とは? わかりやすく解説

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八剣宮

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/13 06:25 UTC 版)

八剣宮
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮一丁目1-1
位置 北緯35度7分38.5秒 東経136度54分31.2秒 / 北緯35.127361度 東経136.908667度 / 35.127361; 136.908667 (八剣宮)座標: 北緯35度7分38.5秒 東経136度54分31.2秒 / 北緯35.127361度 東経136.908667度 / 35.127361; 136.908667 (八剣宮)
主祭神 熱田大神
神体 草薙神剣(草薙剣)
社格 正一位
式内社
熱田神宮境内摂社
熱田神宮別宮
創建 (伝)708年和銅元年)
本殿の様式 神明造
別名 八剣神社
八劔名神
八劔大明神
地図
八剣宮
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八剣宮(はっけんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社熱田神宮別宮で、境内摂社。『延喜式神名帳』の尾張国愛智郡「八剣神社」に比定される式内社

祭神

主祭神

  • 熱田大神(あつたのおおかみ)

相殿神

歴史

708年和銅元年)に元明天皇草薙剣盗難事件を受けて宝剣を新たに鋳造して奉納したのが創建という。平安中期成立の『延喜式神名帳』に尾張国愛智郡「八剣神社」として記載がある。神階については『尾張国神名帳貞治本に「正一位 八劔名神」、元亀本に「正一位上 八劔大明神」とある。

鎌倉期には熱田神宮の鎮皇門の南東にあったらしく、文暦年間頃成立の『尾張親継申状案断簡』に日割宮とともに火災が起きた記録が残っている。戦国期には武家の崇敬を受け、織田信長徳川家康らが社殿の造営を行っている。

江戸時代には「八剣名神」「八剣大明神」と呼ばれ、現在よりやや東方にあった。1686年貞享3年)に徳川綱吉が本殿の造替を行った等の記録がある。

1880年明治13年)に別宮「八剣宮」と改称された。1893年(明治26年)の社殿建替えの際に現在地に移った。建築様式をはじめ、年間の祭典神事に至るまで全て熱田神宮本宮に準じて執り行われている。

江戸末期の熱田神宮摂社の配置

所在地

交通アクセス

いずれも徒歩圏内。

鉄道

路線バス

  • 名古屋市営バス - 「神宮東門」・「熱田伝馬町」・「熱田駅西」・「熱田区役所」・「名鉄神宮前」バス停下車 。いずれも下車後徒歩ですぐ。

  • 駐車場 - 有り。正月三が日(1月1日から1月3日)は関係者のみ。

周辺

脚注

注釈

  1. ^ 「草薙神剣」:熱田神宮における公称。

出典

関連項目

外部リンク



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