個人雑誌『他山の石』とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 個人雑誌『他山の石』の意味・解説 

個人雑誌『他山の石』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 04:10 UTC 版)

桐生悠々」の記事における「個人雑誌『他山の石』」の解説

以後悠々はその死に至るまでの8年間を愛知県東春日井郡守山町現在の名古屋市守山区)にて「名古屋読書会」の主宰者として過ごした。彼自身紹介したい考えた洋書翻訳しその抄訳会誌頒布するという仕組みであり、悠々言論活動は『他山の石』と題され会誌巻頭言およびコラム緩急車」に限られることとなった1926年大正15年)に聖山閣からバートランド・ラッセルの『科学未来文明破壊脅威』(原著 Icarus, or the Future of Science, 1924邦訳)を本名政次)で出したほか、抄訳紹介にはたとえばハーバート・ジョージ・ウェルズハロルド・ラスキポール・ヴァレリー、ポール・アインツィヒ(英語版)などが含まれ悠々読書範囲広さうかがわせる名古屋丸善書店では悠々最上顧客だったともいう)。もっとも、これら翻訳も彼自身執筆部分検閲対象であったから、○○○、×××といった伏字白紙化されたページが『他山の石』を埋めこともしばしばであった1941年昭和16年9月10日太平洋戦争開戦を3ヶ月後にひかえて桐生悠々喉頭癌のため68歳逝去。その直前死期悟った悠々は『他山の石廃刊挨拶作成したが、これもまた数年後日本の敗戦対す正確な予言となっていた。(下記中公文庫版p.264より引用句読点引用者、一部かな書き化) (前略)さて小生他山の石』を発行して以来ここに八個年民族的超国家的全人類の康福を祈願して孤軍奮闘悪戦苦闘重ねつゝ今日に到候が(中略時たまたま小生痼疾咽喉カタル非常に悪化し流動物すら嚥下し能はざるやうに相成、やがてこの世を去らねばならぬ危機到達居候故、小生寧ろ喜んでこの超畜生道堕落しつゝある地球表面より消え失せることを歓迎居候も、ただ小生理想したる戦後一大軍粛を見ることなくして早くもこの世を去ることは如何にも残念至極御座候昭和十六九月他山の石発行者 桐生政次

※この「個人雑誌『他山の石』」の解説は、「桐生悠々」の解説の一部です。
「個人雑誌『他山の石』」を含む「桐生悠々」の記事については、「桐生悠々」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「個人雑誌『他山の石』」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「個人雑誌『他山の石』」の関連用語

1
10% |||||

個人雑誌『他山の石』のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



個人雑誌『他山の石』のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの桐生悠々 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS