二つの空軍の統合
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 14:43 UTC 版)
「ドイツ空軍 (ドイツ連邦軍)」の記事における「二つの空軍の統合」の解説
1990年のドイツ再統一により2つの空軍の統合という大規模な問題に直面する。国家人民軍(東ドイツ軍)将兵の編入・統合については、脅威対象の変更と財政状態を背景に人員・装備の縮減と同時に挑む事になる。連邦軍内に編入された国家人民軍将兵の処遇については軍内に異なる系統の業務体系をもって対処した。旧国家人民軍航空軍の編入・統合については、ドイツとNATOは東部連邦州の防空支援体制を統合し、その基盤的施設と武器システムはシュトラウスベルクのエッガースドルフ航空基地で編成された第5航空師団(ドイツ語版、英語版)隷下に集約される。1994年にベルリン=ガトウに師団司令部を移転し第3空軍師団に改称される。1995年に新連邦州各地に所在するドイツ連邦軍はNATOの指揮構造に結合される。 いわゆる空軍第4次編制とも呼ばれるこの組織改編は、西部連邦州に所在する部隊や機関の大幅な改編も意味した。再編成の処置については指揮・管理権限の横断を含み、空軍司令部の下に空軍指揮司令部と空軍指揮支援司令部が置かれ、航空輸送集団と北部および南部空軍集団は空軍師団と同級部隊に分類される。 パーシング準中距離弾道ミサイルについては段階的に破棄され、アルファジェット軽攻撃機については軍縮により1997年まで削減され続け、同機を運用していた3個戦闘爆撃航空団は解隊された。
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