タクテクス (ゲーム)とは? わかりやすく解説

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タクテクス (ゲーム)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/31 06:28 UTC 版)

タクテクス
デザイナー チャールズ・ロバーツ
販売元 アバロンヒル
発売日 1954年 (71年前) (1954)
タクテクスII: 1958年 (67年前) (1958)
期間 1954-1958,1983
タクテクスII: 1958-1998
ジャンル ウォー・シミュレーションゲーム
言語 en
プレイ人数 2
対象年齢 12歳以上
準備時間 15分
プレイ時間 120分
運要素 普通
必要技能 戦略的思考

タクテクス」"en:Tactics"は、1954年米国メリーランド州ボルチモア近郊のガレージメーカーである"The Avalon Game Company"が発売したウォー・シミュレーションゲームである。タクテクスは、商業市場における世界で最初のボードウォーゲムであり、現代の基準では原始的ではあるものの、様々な革新的なゲームシステムを初めて導入したことで知られる[1]

なお、本稿では1954年に発売された「タクテクス」のほか、1958年アバロンヒル・ゲームカンパニーより発売された改訂版である「タクテクスII」[注釈 1]についても併せて触れる。

開発と販売までの経緯

1950年代以前、戦争を模倣して再現するものは、軍隊で利用する非常に複雑な兵棋演習のようなものか、ミニチュアと地図を別途用意してルールを適用するようなもののみであり、もしくは、チェスチェッカーバトルシップのようなアブストラクトテーブルゲームがほとんどであった。

1952年チャールズ・S・ロバーツはメリーランド州ケイトンズビルの自宅で、陸軍 部隊を模した駒と地図、ルールをパッケージした完全に自己完結型のゲームを模索し、1954年に完成したゲーム「タクテクス」をThe Avalon Game Companyの名義で自費出版した[3][注釈 2]。「タクテクス」は2,000セットを完売し、かろうじて損益分岐点に到達した程度であったが、ロバーツはこの分野に商機があると見て、新たにボルチモアにアバロンヒル・ゲームカンパニーを設立した[4]

ロバーツは、1958年、設立した新会社で、”Gettysburg”[注釈 3]、"Dispatcher"[注釈 4]とともに、タクテクスの改訂版である「タクテクス II[2]を発売した。「タクテクスII」は何度か小規模な改訂を受けながら、アバロンヒル社の入門ゲームとして1990年代までの長きにわたり販売し続けられた[6]

ゲームの概要

版によりルールやコンポーネントの変化が激しいため主に1973年の第3版を元に記述する

コンポーネント

  • 裏打ちされヘックスグリッドが刻まれた、22x28インチのマップボード2枚
  • 88個の駒(赤軍青軍各44個づつ)
  • ルールブック
  • 戦闘結果表
  • ターン記録シート、天候チャート
  • サイコロ

ゲームの背景

架空の2つの超大国(Red国、Blue国)が、第二次世界大戦後の陸軍を模倣した戦力で戦う

プレイの内容

両軍は全く同じ戦力の駒(ユニット)を持っており、2枚のマップボードの繋ぎ目を国境と見立てて対峙している。1つのユニットは司令部を除き1個師団を表し、プレイ開始時には軍団ごとに駐屯地エリアに配置されておりそこから前線へと向かうこととなる。

プレイは、一方の軍隊がルールの制限に従う限り望むだけ複数のユニットを移動させる。全てのユニット移動後、敵に隣接したユニットは戦闘を行わなければならない(マストアタック)。戦闘結果は戦闘結果表に基づきサイコロで決定される。その後手番は相手に移り、同様の行動を行う。これを、いずれかの軍が勝利条件を満たすまで続ける。

勝利条件は、敵の全滅もしくはすべての都市を占領することである。

地形効果、特殊移動、補充、補給核攻撃などのルールが上級、選択ルールで追加される。

ゲームシステムの革新性

「タクテクス」は多くの点で革新的なデザインであり、チェスやチェッカーに慣れ親しんだ入門プレイヤーを困惑させた。それについてロバーツは以下のように回想している。

「"Tactics"は、それまでにデザインされたゲームには類を見ない全く新しいゲーム方法を導入し、プレイを志す者たちは、そのシンプルな仕組みを理解するのに苦労した。1ターンで自分の駒を全て移動できる、一定の移動量まではプレイヤーの任意で行える、そして戦闘結果は、多様な結果が示された表で決定されるのではなくサイコロを振るだけで決まるという点が革命的であった。現在ではシンプルなルールであったが、新しいプレイヤーはチェスやチェッカーの思考回路を捨て去って、再びプレイ手順を学ばねばならなかった」[7]

「タクテクス」は、後のボードウォーゲームにおいて標準となったゲームメカニクスを先進的に取り入れた。それらは以下のようなものである。[8]

  • 兵種や能力、部隊番号が印刷された紙製の駒(ユニット)[注釈 5]
  • 戦闘や移動に影響を与える地形が描かれ、グリッドで区切られたマップボード[注釈 6]
  • ”I GO,You Go”と呼ばれる、一方の側が全ての移動や戦闘を行った後に、相手が同様の手順を行う
  • ルールに従う限り望むだけのユニットを移動させることが出来る
  • 「支配地域」の概念[注釈 7]
  • 戦力比とサイコロで結果を出す戦闘結果表[注釈 8]
  • 戦況全体に影響を与える天候や、補給線、戦力補充の概念(タクテクスII以後)

これらは単独では必ずしもこのゲームが最初だとは言えないものの[注釈 9]、この概念を独自に発想し組み合わせ、商業用パッケージとして組み立て、ウォー・シミュレーションゲームとしての概念を確立した点がこのゲームの画期的な点であった[8]

バージョン

版を重ねるたびに細かなコンポーネントの変更や、雑誌The General英語版 に掲載された正誤表により適宜ルール表記の変更がなされていたが、ここではボードゲームギークのバリエーション情報に基づき記載する。

Tacics(1954)

アバロン・ゲーム・カンパニー製。ユニットは全て四角形で、裏側にフェルトのような厚紙が貼られている。このバージョンの最大の特徴は、個別のユニットに移動力が割り振られるのではなく、自ターンにおいて30の移動ポイントを与えられる点である[注釈 10]。また、戦闘比は(防御側有利に切り捨てではなく)サイコロを振って切り上げ切り捨てを決めること、マップにも後のバージョンと比較し若干の差がある事(山岳地帯の峠道がないなど)、捕虜や司令部ユニットの運用方法以外のオプションルールがないことなどがある[12]

Tacics II 初版(1958)

これ以後はアバロンヒル社製。このバージョンのみ司令部ユニットが円形をしている。パッケージの裏面は白で箱の内側にユニットを保管する間仕切りがある。また、1954年版同様にユニットには兵種と部隊番号のみが記載され攻撃力や移動力は記載されていないが、移動力[注釈 11]はターンごとではなくユニット個別に割り当てられるように変更された。また、オプションルールの天候はサイコロではなくカードをめくって決めるようになっている。戦闘結果表の表記は「1 Elim」といった直観的に分かりずらいものであった[注釈 12]。オプションルールに、増援と補給、天候、核攻撃のなどのルールが追加された[13]

Tacics II 第2版(1961)

コンポーネントが刷新された。パッケージ裏面は黒色でこのバージョンまではユニットを入れる間仕切りがあった。ユニットには一般的な兵科記号と共に攻撃力と防御力が記載され、司令部ユニットも四角形となった。また、戦闘比が切り捨てとなり[注釈 13]表記も「A Elim」といった直観的なものとなった。天候もカードからダイスで決定する天候表へと変更になった。さらに、ルールも整理され実質わずか4ページにまとめられ、その際に捕虜のルールなどが削除されている[13]

Tacics II 第3版(1973)

1971年に一旦製造中止となったのち、1973年に再発売されたバージョン。パッケージ裏面全体にゲームの宣伝が印刷され、ユニットを入れる間仕切りはコストダウンのためなくなった。第3版と書かれたルールブックでは、それまでにGeneralで付記されたFAQや正誤表が整理して網羅されている。また。ルール構成が、基本、上級、選択ルールの3つに分かれ、地形効果や特殊能力のあるユニットの運用は上級ルールにまとめられた。地形効果については混乱していた川や橋の効果が整理され地形効果表にまとめられ、また支配地域と戦闘や補給の関係性も明確化されている。このバージョンは、アバロンヒルが新規プレイヤーをこの趣味に引き込むことを期待した入門ゲームとしてラインナップに残り続けた[14][13]

Tacics II 第4版(1982)

ルールもコンポーネントも(他のゲームを紹介する宣伝チラシを除き)1973年版のまま。パッケージに"Awards -- Hall of Fame (Charles S. Roberts Awards 1979)"(「1979年チャールズ・S・ロバーツ賞殿堂入り」)との惹句が追加された。このバージョンの販売は、米国では最終的にアバロンヒルがハズブロ社に買収される1998年まで継続された[13]

Tactics 25th Anniversary Edition(1983)

アバロンヒル社の創立25周年を記念して発売された限定版。1954年の"Tactics"の復刻。ただしマップは、ロバーツが当時検討していた異なるバージョンのものを添付している。ルールとユニットは1954年版を踏襲している[15]

評価

これらは主に「タクテクスII」に関する批評である。

1976年英国の雑誌『ゲームズ&パズルズ』は、このゲームに対し「批判的な声が多い」としその主な理由は、ヘックスではなくスクエアを利用しているからだと述べている。しかしそれに付け加え「本格的なボードウォーゲーム基礎を教育するのに有用なツールであった(中略)このゲームでは、多くのウォーゲームのテクニックを試すことが出来、それ自身が興味深い戦略ゲームであり、アバロンヒルの他のほとんどのウォーゲームより簡単にプレイできる」と評価している[16]

1977年に、イギリスの政治家でありボードゲーム、コンピュータウォーゲームのマニアであるニコラス・パーマー(en:Nicholas Palmer)は、「タクテクスII」を"The Comprehensive Guide to Board Wargaming英語版"の中で「立派なものだが、退屈で抽象的な入門ゲームだ。(中略) 簡単に始められるゲームを探しているこの本の読者は、実際の戦闘のシミュレーションの方が楽しめるだろう」と評している。[17]

1980年に、Martin Campionはその著書"The Guide to Simulations/Games for Education and Training"において、このゲームは、最初に作られた2つの商業ウォーゲームのうちの一つであり「古くからの愛好家たちの多くは愛着を持っている」と述べており、さらに「入門ゲームとして推奨されることがあり、実際に多くのウォーゲーマーへその役割を果たしてきたが、スクエアのマップは現在標準となっているヘックスとは若干異なる」とし、また「第二次世界大戦の状況をあまりにも単純化しすぎて表現しているため、歴史的、シミュレーション的な興味はあまり湧かない」と結論付けている[18]

同年、ゲームデザイナーのジョン・フリーマン(en:Jon Freeman)は、その著書"The Complete Book of Wargames英語版"の中で、当時既に発売後22年が経過していたタクテクスIIを「既にプレイ不可能」と切り捨て「(このゲームの誕生にまつわる)歴史的な重要性を除くと、このゲームに良いところはない(中略)プレイヤーがいくら有能でもこのゲームは勝てない。地形により中央に膠着状態を作り出すだけだからだ」と述べている。フリーマンは最終的にこのゲームに「悪い」という総合評価を与え「タクテクスIIは引退すべき時期が来ている」と言っている。[19]

日本での展開

日本では、小規模な個人輸入[20]を除くと、1975年からホビージャパン及び木屋通商が第3版に日本語マニュアルを添付し発売し始めた[21]。特にホビージャパンでは、アバロンヒルに倣い入門用ゲームとして販売価格を安価に設定し[注釈 14]、さらに1981年以後は、68ページにも及ぶ入門ガイドを添付し[2]、ブームが終焉する80年代後半まで販売を継続した。

関連作品

非公式の続編

ブラジル1981年に発売された"Operação MX-1"は、「タクテクスII」をヘックスマップに移植したもので"Tactics III"と呼ばれることもある。接続しやすいボードや六角形のユニットが特徴的で、ブラジルにおいて最初の本格的なウォー・シミュレーションゲームであったが普及せず、短期で絶版となった[22]

漫画家を目指す焔は、リングにかけろに影響されて大学の夏休みに実家にも帰らず下宿先の部屋に篭ってマンガを描く。いつになくペンのノリもよく、やる気も珍しく出ている時に同じ下宿の先輩が、ボードゲーム好きの焔にルール説明に30分ルール片手に実際のプレイに3時間、本格的にプレイすると6時間かかるが、知的でオトナな最先端の面白いゲームで遊ぼうと持ちかけられる。モチベーションを6時間保ち続けられる魅力あるゲームだと思い込んでプレイする焔だが、ユニットごとの移動戦闘ルールがよく分からず頭を抱える。作品上のゲーム名は、BACTICS-II。

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ なお、日本語タイトルについては、1970年代よりアバロンヒルゲームの輸入販売を行っていたホビージャパンの表記に準ずる[2]
  2. ^ ロバーツは出版に際し2枚のマップボードをデザインしたが、出版時はRed軍の首都が島にある現在良く知られたバージョンが採用された。残りの1枚は、1983年にタクテクスが復刻された際に添付された。
  3. ^ 世界で最初に歴史的事実をシミュレーションしたウォーゲームと呼ばれる[5]。アバロンヒル社からは同タイトルで基本システムが異なるゲームが何度か発売されたが、日本では1973年版が「米国南北戦争」のタイトル[2]でホビージャパンより輸入販売された
  4. ^ 鉄道運行をシミュレートするゲームでウォーゲームではない。
  5. ^ この概念は、1911年イギリスで出版され現在帝国戦争博物館に所蔵されている"War Tactics or Can Great Britain Be Invaded?"で既に導入されていた[9]
  6. ^ 初期の兵棋演習でも移動や射撃距離測定の簡略化のためグリッドが導入されることはあったが一般的にはスケールメジャーが用いられていた。Strategy & Tactics英語版 21号でゲームデザイナーやゲーム収集家として有名なシド・サクソンは、1889年にイギリスのF.H.Ayresが出版した"Invasion"というゲームが嚆矢ではないかと主張している[10]
  7. ^ このゲームにおいて"Zone of Control"(ZOC=支配地域)という表記がなされるのは1961年版以後である
  8. ^ "Combat Result Table"(CRT)。第二次世界大戦当時は信じられていた攻撃三倍の法則に基づきロバーツによって考案された。このゲームのCRTは1964年の「ドイツ・アフリカ軍団」(en:Afrika Korps[2]に至るまで、アバロンヒルの陸戦シミュレーションゲームではほぼ同じ形態で利用され続けた。
  9. ^ ロバーツは、先行するゲームについては兵棋演習とミニチュアゲームにしか言及しておらず[11]、イギリスなどで過去に出版されていたゲームの存在を知っていたかどうかは不明である
  10. ^ 30ポイントの移動力を任意に振り分けられる。即ち1ユニットを30マス動かしても、30個のユニットを各々1マスずつ動かしても、全く動かさなくても良い。この奇妙なルールはコマンドコントロールや補給の限界をシミュレーションしていると肯定的に捉える意見もある
  11. ^ 現在一般的に使われる"Movement Factor"ではなく”Basic Turn Allowance”と呼称されている
  12. ^ 現在の一般的な戦闘結果表(CRT)は、A Elim=Attacking Unit Elimination=攻撃側除去といった表記をしている場合が多いが、このゲームのCRTでは、1 Elim=戦闘比1の方のユニットが除去となっている
  13. ^ そのために計算尺のようなシートが付属した。なお、この計算尺は1963年頃には廃止され、他のゲームと互換性のある、下部に戦闘比マトリクスを持つ戦闘結果表に変わった
  14. ^ 1975年のホビージャパン誌の広告では2800円、1978年には3600円と記載。これは他の平均的なアバロンヒルのウォーゲームと比べても際立って安価であった。

出典

  1. ^ The Complete Wargames Handbook (2nd ed.) Chapter 5, James Dunnigan (1991), retrieved October 2007
  2. ^ a b c d e ホビージャパン「アバロンヒルゲームカタログ1983」より
  3. ^ Tactics description page on Boardgamegeek.com, a specialized website
  4. ^ Matthew B. Caffrey Jr. (2019). “On Wargaming: How Wargames Have Shaped History and how They May Shape the Future” (PDF). The Newport Papers (Naval War College Press): 77–78. オリジナルの2020-01-25時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200125165749/https://digital-commons.usnwc.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1043&context=newport-papers&usg=AOvVaw05cUmvNMyrDxrB_h2ZvgB5. 
  5. ^ Boardgamegeek_Gettysburg(1958)”. bgg.com. 2025年8月29日閲覧。
  6. ^ Tactics II description page on Boardgamegeek.com, a specialized website
  7. ^ Perla, Peter P. (1990). The Art of Wargaming: A Guide for Professionals and Hobbyists. Annapolis, MD: Naval Institute Press. p. 117-188. ISBN 0870210505 
  8. ^ a b Freeman, Jon (1980). The Complete Book of Wargames. New York: Simon & Schuster. pp. 205 
  9. ^ War Tactics or Can Great Britain Be Invaded?
  10. ^ Boardgamegeek_Invasion(1911)_Forum_The-Instruction”. bgg.com. 2025年8月29日閲覧。
  11. ^ チャールズ・ロバーツ/宮永裕己訳「アバロンヒル物語(上)」『タクテクス』第16号、ホビージャパン、1984年7月1日、39頁。 
  12. ^ Boardgamegeek_Tactics(1954)
  13. ^ a b c d Boardgamegeek_Tactics-II(1958)
  14. ^ “The General Index and Company History”. The General Magazine Index and Company History. (1980). https://archive.org/stream/GeneralMagazine_GeneralIndexVolumes1to16/General%20Index%20Volumes%201%20to%2016#page/n3/mode/2up 2015年8月5日閲覧。. 
  15. ^ Boardgamegeek_tactics-25th-anniversary-edition
  16. ^ “The Best in Strategy”. Games and Puzzles (55): 9. (December 1976). 
  17. ^ Palmer, Nicholas (1977). The Comprehensive Guide to Board Wargaming. London: Sphere Books. pp. 178 
  18. ^ Campion, Martin (1980). “Tactics II”. The Guide to Simulations/Games for Education and Training. Beverly Hills CA: Sage Publications. pp. 516. ISBN 0-8039-1375-3 
  19. ^ Freeman, Jon (1980). The Complete Book of Wargames. New York: Simon & Schuster. pp. 205 
  20. ^ Taiju ,SAWADA. “日本でアバロンヒルのゲームが店に並んだのはいつからかしら”. 2025年8月28日閲覧。
  21. ^ 「局地戦から総力戦へ・アバロンヒル ウォーゲーム紹介」『月刊ホビージャパン』第70号、ホビージャパン、1975年6月1日、69頁。 
  22. ^ Boardgamegeek_Operation-mx-1

外部リンク





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