ゾナー対ズマール、大口径レンズ競争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/13 02:56 UTC 版)
「ダブルガウス」の記事における「ゾナー対ズマール、大口径レンズ競争」の解説
第二次世界大戦前の時点において、ダブルガウス型大口径レンズの代表的存在はズマール50mmF2、非対称型の同じく大口径レンズの代表的存在はゾナー50mmF2であった。 当時、 ダブルガウス型はその対称性により歪曲収差が抑えられている。一方、ゾナーは非対称のため比較すると歪曲収差が大きい。 という点はダブルガウス型が有利であった。しかし、 ダブルガウス型においてコマ収差を充分に抑える手法が未発達であった。一方、ゾナーはコマ収差をよく抑えていた。 ダブルガウス型は空気面が多く、コーティングが発達する以前の当時は反射の点でも不利であった。一方、ゾナーは貼合せにより空気面を減らしていた。 といったようにゾナーに軍配が上がる点が多く、特に入射角度15から16度の画面中央に向かう光束についてゾナーのコマ収差はズマールの半分程で、開放からシャープなレンズという定評が出来、大口径レンズではダブルガウス型はゾナーに一歩引く扱いであった。 戦後、前述のようなダブルガウス型に不利な点は新しい硝材と設計手法やコーティングの発達により克服されてゆき、ダブルガウス型は大きく発展していった。1950年代前後に日本で起きた大口径レンズ競争では、この両者が有力な選択肢となった。 キヤノン50mmF1.9は当時としては典型的なダブルガウスレンズの一つであり、絞り込んだ時のシャープさでは定評があったがコマ収差が残存するため絞り開放での画面中間部でのフレアーが起き、シャープさではゾナーに一歩譲っていた。伊藤宏はコマ収差が多い原因を絞り直後の凹面である旨突き止めてこれを緩くし、その結果発生する球面収差を絞り直前の貼り合わせレンズの貼り合わせ面後ろの凹面レンズに極端に高屈折率のガラスを使って解消し、結果発生するペッツバール和の変動を押さえ込むため絞り直後の凹面レンズに極端に低屈折率のガラスを使った。これにより1951年に対称型でありながらコマ収差はゾナー50mmF2程度しかない独自設計のキヤノン50mmF1.8ができあがり、ゾナー型と対等に利用されるようになった。 この他1948年富士写真フイルム製クリスター50mmF2とクリスター85mmF2、1951年富士写真フイルム製フジノン50mmF2がダブルガウス、1954年小西六写真工業(現コニカミノルタ)製ヘキサノン60mmF1.2と1960年キヤノンカメラ(現キヤノン)製キヤノン50mmF0.95も変形ダブルガウスである。
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