スウィートコーン (フォークデュオ)
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スウィートコーン Sweet Corn |
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別名 | スイートコーン スイート・コーン |
出身地 | ![]() |
ジャンル | フォークソング |
活動期間 | 1980年 - 2000年代初頭 |
レーベル | 東芝EMI テイチク・コンチネンタル G.U.RECORD |
共同作業者 | 嶋田富美、武田千寿子、深田尚美、深野義和、松木司、ヤマトタケル(五十音順) |
公式サイト | Sweet Corn |
メンバー | 木村弘美(ボーカル&ギター) 蒲谷明子(ボーカル&ギター) |
旧メンバー | 親谷瑞穂(ボーカル&ギター) |
スウィートコーン(Sweet Corn)は、1980年代初頭から2000年代初頭に活動していた木村弘美と蒲谷明子の女性フォークデュオである。
オリジナル曲を二人のアコースティック・ギターの演奏で歌うスタイルを主とするが、木村がフラットマンドリンに持ち替えたり蒲谷がキーボードを弾いたりして歌う曲があるほか、バックバンドを付けたりチェロやピアノの伴奏を加えたりすることもある[1]。オリジナル曲は二人の作詞・作曲を合わせて200曲以上(400曲以上だとの話も)あり[2]、共同作業者のアーチストなど[3]から歌詞提供を受けて作曲をオリジナルで行った曲もある。基本、曲の制作者がリードボーカルを担当するが、例外もある[4]。音楽ジャンルは主にフォークソングであるが、一部フォルクローレ[5]にも及ぶ。グループのサインも定型でデザインされている[6]。東京都内のライブハウス(詳細は後述)を活動の拠点としてライブ活動を行うとともに、全国のテレビ・ラジオ番組、コンサート、ライブハウス、学園祭等で活動してきている。
メンバー
- 木村弘美(きむら ひろみ、1963年8月19日[7] - ) 血液型B型。東京都武蔵村山市出身。愛称『キム(Kim)』。ステージでの立ち位置は向かって右側。ハイトーンボイスが特徴[8]。
- 蒲谷明子(かまたに あきこ、1963年7月19日[7] -) 血液型AB型。東京都武蔵村山市出身。愛称『カマ(Kama)』。ステージでの立ち位置は向かって左側。趣味はマンガ[9]、美少年愛について考える。
来歴
木村と蒲谷は小学校(武蔵村山市立第六小学校)からの同級生で、出会ったのは4年生のときである[10]。音楽を始めたきっかけは、共通の友達のお兄さんが色々なフォークソングを歌っている方たちのカセットテープを持っていて、それを聴いて自分たちでもアコースティック・ギターを持ってハモって歌ってみたいねということで始めたことからと述べている[11]。中学3年(武蔵村山市立第三中学校)のときにフォークソングクラブに入り、親谷瑞穂(現姓:漆原)を含む3人でグループを結成する。この頃から作詞・作曲を手掛け、最初に作った歌は『青春仲間』とのことだが[11]、木村と蒲谷はそれぞれ異なるタイプの歌を作っている[12]。高校はそれぞれ別であるが音楽活動を続け、1979年、親谷の提案で下北沢音楽賞にオリジナル曲で応募し入賞(作品賞)する[7][11][13]。1980年にキングレコードからリリースのオムニバスLP『いっしょに歌って!第4集』の収録に加わり、2曲を歌っている[7][13][14]。このときにグループ名を『スイートコーン』にする。グループ名の由来は、木村の母の実家(群馬県沼田市)に合宿に行ったときに、トウモロコシ1個を3人でかじっているシーンを撮影した写真があり、それが小川町のレコードショップ『五番街』の店長の目に留まったことによる[11][15][16]。
その後、親谷が脱退して二人組になる。三人組の時代は親谷がリーダ格であったが、二人組になってからは木村がその役を担う[11][17]。1981年、東芝銀座セブン フォーク&ロックコンテストで優勝を果たし[18]、各地でライブ活動を続け、1984年6月30日に東芝EMIから『ひとりがたり』でデビューする[7][13][19]。グループのキャッチフレーズは、『スイート感覚のフォークデュオ』[7]、『Last sentimental and fantastic duo』[20]である。前者のほうは2人のメンバー紹介を含むユーモラスな口上があり[21]、デモテープ『スイート・コーン1985』の曲間トークに収録されているほかラジオ番組[22]でも披露される。有線放送でDJも手掛ける[23]。ファンによって支援クラブが結成され[24]、1983年10月から本人達とファンの手によって情報誌Caminito[25]が発行される(No.1〜No.10及びMINI Caminito)。デビュー後もファンとの交流を大事にしており、ファンレターの返信は必ず書き、ライブ後の公園等での遊び(主はだるまさんがころんだ)や居酒屋での打ち上げ(飲食)は毎度のことで、初詣、花見[26]やキャンプ[27]なども企画される。1984年8月から、ニッポン放送のオールナイトニッポン2部の谷山浩子のオールナイトニッポンのコーナー『ザ・ベストスリー(後に、ザ・トップスリーに改題)』で、ファンの組織票によるリクエストで[28][29]、デビューシングルA面『ひとりがたり』、そのB面『燃えないロケット[30][31]』、未リリースのオリジナル曲『花うらない』がたびたび入選し放送で流される。本人達は放送局を訪問して谷山浩子と挨拶するも同番組への出演は無い[32]。1985年9月には日本放送協会のオーディションに合格し[13]、ラジオ番組に出演して[10][33]、アコースティック・ギターの生演奏で『花うらない』を歌唱している[10]。そのほか、参加アルバムでの歌唱やほかのアーチストの曲のバックコーラスを提供している。1986年、北海道放送HBCラジオのジングルに起用され、『Happy Endless HBC』のハーモニー[34]が同年4月から翌年に流される。また、アルバム制作の企画が検討され、ファンメンバーと収録曲の意見交換がなされる[35][36]。 1987年10月半ばから1989年11月頭位まで活動を休止し、この期間にレコード会社をテイチクエンタテインメントへ移籍する[37]。同時にグループ名を『スイーツ』に変更するとの告知がされるも[38]、結局、カタカナ表記を『スウィートコーン』に変更するに留まる。1990年2月21日にシングルCD『ホワイト・ムーンライト』[39]をリリース(再デビュー)し、この曲はファッションセンターしまむらのCM曲に起用される。続いてオリジナルアルバム『お元気ですか』をリリースする。同アルバムに収録されている『ローマの休日』は、西日本放送ラジオ『勇気が出るラジオ ワイド!まっぴるマン』のエンディングテーマに起用される。続いてオリジナルアルバム『SECOND WIND』をリリースする。当初、同アルバムはカバー曲を含む企画であり、5曲ほどの収録も終えていたが、本人達とファンの意向によって全曲オリジナル曲に変更される[40]。収録済みだったカバー曲は、うち2曲をプロモーション用(非売品)のシングルCDに収録し、『SECOND WIND』に同封されているアンケートはがきを返送してくれた方の中から抽選で500名にプレゼントする企画がなされる[41]。この頃、映画のタイトルで曲を作ることに取り組んでおり[42]、その成果がシングルCDのC/Wに収録されている『太陽がいっぱい』と、『SECOND WIND』に収録されている『ローマの休日』に見られる。また、『SECOND WIND』の1曲目に収録されている『初恋 -Remember You-』は、宮商事「宮きしめん」のCMに起用される[43]。ほかのCM曲では、スカイホームの『セブンテーン・ララバイ』[44]、アイワールドの『I LOVE THE WORLD』の歌唱を担当している。1992年、公益社団法人日本青年会議所の主催する「地球の応援歌」コンテスト[45] SONG FOR THE EARTH ‘92 に『- MOVEMENT FOR TOMORROW - もうそろそろ(明日への行動)[46]』で応募して750点の作品の中から金賞(グランプリではない)に入選し、同年10月18日の受賞発表会(東京新宿ルミネアクトホール)で披露される。
暫くのブランクの後、1998年から順次、G.U.RECORDからヒーリングCD(インスツルメンタル)のHARVESTシリーズを5枚(ベスト版を含む)[47]、及びオリジナルアルバム『Memoir(メモワール) - The Folk Album -』をリリースする。このオリジナルアルバムは、元々ヒーリングCDの延長としてボーカル入りで制作する企画が、収録を進めていくうちに本格的なオリジナルアルバムの制作に変わったものである[11]。また、同アルバムに収録されている『セカンドウィンド』[48]は、エフエム宮崎で持っていたラジオDJ番組『スウィートコーンのセカンドウィンド』[49]のテーマ曲として作ったものである。また同曲は、テレビ東京系『ともだち王』のエンディングテーマ及び文化放送で愛知学院大学のCMに、『ALARM』はテレビ東京系『わっ!!つNEW』のエンディングテーマにそれぞれ起用される[11][50]。
ライブハウス、学園祭[51]又はイベント[52]など、各所でのコンサート活動は、デビュー前から精力的に行ってきている[53]。東京地区での定期的なコンサートは、デビュー前に甚六屋(北千住)やイエローページ(池袋)を、デビュー前後を通してマーキー(江古田)を、それぞれホームグラウンドのようにして行われ、大型の企画はTAKE OFF 7(渋谷)、ルイード(新宿、原宿)などで開催される。東芝銀座セブンでのミニコンサート(1部・2部制)は常連である。また、志村坂上・池袋の『五番街』でもしばしばミニコンサートが行われている[54]。その中でも特筆すべきは、1983年3月21日のマーキーでの『ドア前コンサート』[11][55]と、1984年8月5日の富士山の本八合江戸屋前で行われた『Mt. Fujiサマーコンサート’84』の出演である[56][57]。曲目はオリジナル曲のラブソング(一部にユーモラスなものを含む[58])のほか、著名なフォークソング[59](独自アレンジによる)を時折交えている。弾き語りを手掛けているファンメンバーの作品を借用して歌うこともある[60]。木村はオリジナルのクリスマス・ソングの創作にも力を入れており、クリスマス・コンサートで披露している[61]。前述のとおり、数多くのオリジナル曲を持っているので、コンサートで1度だけ歌ってお蔵入りする曲がある。また、オリジナル曲は自身で歌唱するためのものであるが、ほかのアーチストに贈ったものもある[62]。ステージではアコースティック・ギターの弦を切ることがしばしばあり、相方が弦の交換をしているときだけにソロで歌う曲を用意している[63]。レコード会社の移籍後、スウィートコーン出前ライヴと称して「20人以上集まるところなら、どこへでも行きます」[64]と活動を広げていたが、東京地区でのコンサートは、結果として1993年10月24日のマーキーでの開催が最後になる。その後、前述のアルバムのリリースや、ラジオ番組に何度かの出演、本人達のホームページでブログ相当の日記の掲載[65]があったほか、ファンクラブのお問い合わせ先として新たな事務所をアルバムのライナーノートに掲載していたが、本人達が姿を見せることはなかった。本人達の状況をファンに公にすることもなく、活動をフェードアウトするに至っている。
ディスコグラフィー
シングル
# | 発売日 | A/B面 | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 規格品番 |
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スイートコーン 名義 | |||||||
東芝EMI | |||||||
1 | 1984年6月30日 | A面 | ひとりがたり[66] | 深田尚美 | スイートコーン | スイートコーン | EP:WTP-17628 |
B面 | 燃えないロケット | 嶋田富美子/補作詞:實川 翔 | 嶋田賢一/補作曲: スイートコーン |
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スウィートコーン 名義 | |||||||
テイチク・コンチネンタル | |||||||
2 | 1990年2月21日 | ホワイト・ムーンライト | 蒲谷明子 | 蒲谷明子 | スウィートコーン | CD:CARC-32 CT:10SV3-30 EP:T-0-2-2(見本品) |
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C/W | 太陽がいっぱい | ヤマトタケル | 木村弘美 | ||||
3 | 1991年11月1日 | サルビアの花[67] | 相沢靖子 | 早川義夫 | スウィートコーン | CDS-11003(SPECIAL TUNE; 販促用CD/非売品) | |
C/W | 秋でもないのに | 細野敦子 | 江波戸憲和 |
アルバム
# | 発売日 | タイトル | 収録曲 | 規格品番 |
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テイチク・コンチネンタル | ||||
1 | 1990年9月21日 | お元気ですか[68] |
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TECN-28031 |
2 | 1991年11月1日 | SECOND WIND[71] |
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TECN-28112 |
G.U.RECORD | ||||
3 | 2000年12月24日 | Memoir(メモワール) -The Folk Album -[73] | GUCD-2001 |
# | 発売日 | タイトル | 収録曲 | 規格品番 | コンサート歌唱時のオリジナル曲名 |
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G.U.RECORD | |||||
1 | 1998年6月21日 | HARVEST - Dedicated to sweet corn -
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GUCD-1003 |
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2 | 1999年5月21日 | HARVESTII Akiko Kamatani
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GUCD-1005 |
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3 | 1999年11月11日 | HARVESTIII HIROMI KIMURA
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GUCD-1006 |
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4 | 2001年1月11日 | Original Mind Track Akiko Kamatani
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GUCD-1008 |
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5 | 2003年12月24日 | Harvest Home - Best of the Harvest series - |
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GUCD-1912 |
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その他
発売日 | タイトル | 担当曲 | 監修等 | 規格品番 | レーベル |
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1980年 | いっしょに歌って!第4集 | A5 旅 パートⅡ B5 やすらぎは消えず |
(財)日本ユースホステル協会 | K20A-42 | キングレコード |
1985年11月30日 | 週刊少年サンデー創刊 1500 号記念LP WINGS OF FREEDOM | A1 君にSAY HELLO[78]
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小学館 | LB28-5006 | 東芝EMI |
1986年7月25日 | 深野義和 8thシングル | A面 ハッピー・エンドレス(バックコーラスを担当) | HBC北海道放送15周年記念曲 | 7DX-1439 | ポリドール・レコード |
発行年 | タイトル | 収録曲 | 備考 |
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1985年 | スイート・コーン1985 |
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1990年 | ホワイト・ムーン・ライト/スイート・コーン | ホワイト・ムーン・ライト(A面・B面とも) |
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SWEETCORN original casette |
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スウィートコーン・カセット | Aタイプ:
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Bタイプ:
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1991年 | -- | セカンドウインド |
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コンサート、ミニコンサート(東京近隣エリア)[79]
開催年 | 月日 | 時刻 | 会場 | 備考 |
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1982年 | 2月28日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | |
3月27日 | PM2:30/4:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
5月22日 | PM2:00/3:30 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
7月31日 | PM2:30/4:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
9月15日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
10月9日 | PM2:30/4:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
11月3日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
12月23日 | PM7:30 | 甚六屋(北千住) | ||
1983年 | 1月14日 | PM7:30 | 甚六屋(北千住) | |
1月30日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
2月4日 | PM7:30 | 甚六屋(北千住) | ||
3月3日 | PM7:30 | 甚六屋(北千住) | ||
3月5日 | PM2:30/4:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
3月21日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | 通称、ドア前コンサート | |
4月21日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
5月15日 | 五番街(池袋) | |||
6月5日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
7月3日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
7月30日 | PM2:30/4:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
8月7日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
9月4日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
10月10日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
10月16日 | PM3:00/4:00 | 五番街(池袋) | ||
11月3日 | 代々木公園 | 第6回ふるさと渋谷フェスティバル | ||
11月20日 | PM3:00 | イエローページ(池袋) | ||
12月4日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
12月11日 | 五番街(池袋) | |||
12月25日 | イエローページ(池袋) | |||
1984年 | 1月4日 | 五番街(志村坂上) | ||
1月22日 | PM1:00 | イエローページ(池袋) | ||
1月29日 | PM2:00 | 五番街(志村坂上) | ||
2月 | 五番街(池袋) | 日付、詳細不詳 | ||
2月26日 | PM2:00 | イエローページ(池袋) | ||
4月14日 | PM3:00/5:00 | ルミネ6F(新宿) | ||
4月15日 | PM3:00/4:00 | 五番街(池袋) | ||
5月5日 | 五番街(池袋) | |||
8月5日 | 江戸屋前(富士山 本八号) | Mt. Fujiサマーコンサート’84 | ||
6月17日 | 五番街(池袋) | |||
6月10日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
6月24日 | 岡田屋モアーズ(川崎) | |||
6月25日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | レコード発売記念コンサート | |
8月16日 | サンシャイン噴水広場(池袋) | |||
8月30日 | PM7:00 | TAKE OFF 7(渋谷) | ||
10月5日 | PM6:00 | エピキュラス(渋谷) | シンガー・ソングライター定例会 ゲスト)スイートコーン | |
10月10日 | PM7:00 | TAKE OFF 7(渋谷) | ||
10月21日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
11月4日 | 代々木公園 | 第7回ふるさと渋谷フェスティバル | ||
11月11日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | スイートコーンとその仲間達 出演)スイートコーン、滝沢修、国枝まこ、三宅行彦 他 | |
12月9日 | 五番街(池袋) | |||
12月23日 | 五番街(志村坂上) | |||
12月29日 | サンシャイン三越YOU | |||
1985年 | 1月8日 | PM7:00 | TAKE OFF 7(渋谷) | |
1月15日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
3月3日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | スイートコーンとフォークの集い[80] | |
3月10日 | 五番街(池袋) | |||
3月21日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
4月5日 | PM7:00 | TAKE OFF 7(渋谷) | 初恋とピースの香りコンサート[82] | |
5月12日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
5月26日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
6月2日 | PM1:00/3:00 | 東武百貨店(池袋)8F催事場 | ニセコ ポテト共和国 ミニ・コンサート | |
6月14日 | PM7:00 | 渋谷La.mama | HALFTY CONCERT Vol.1 出演ナッツベリー・ファーム、石井照子 他 ゲスト)スイートコーン | |
6月30日 | PM0:00 | 板橋区立文化会館 | ブラス アンド ポップス カーニバル スペシャルゲスト)スイートコーン | |
7月3日 | PM7:00 | ルイード(新宿) | ||
7月21日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
8月18日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
9月14日、21~23日、28日、29日 | PM1:00~5:00 | 浦和 長崎屋1Fイベント広場 | グランド スラム ミニFM放送 長崎屋浦和支局(月間ゲスト) | |
10月10日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
11月3日 | 代々木公園 | 第8回ふるさと渋谷フェスティバル | ||
12月1日 | PM3:00 | 五番街(池袋) | 週刊少年サンデー創刊1500号記念LP『WINGS OF FREEDOM』発売記念コンサート | |
12月15日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
12月22日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | スイート・コーン クリスマス・コンサート | |
1986年 | 1月15日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | |
2月2日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
2月9日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
3月16日 | PM7:00 | TAKE OFF 7(渋谷) | スイートコーン、ナッツベリー・ファーム | |
4月12日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
4月29日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
6月14日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
7月6日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
7月19日 | PM7:00 | TAKE OFF 7(渋谷) | スイートコーン with ナッツベリー・ファーム ゲスト)深野義和 | |
8月9日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
9月7日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
9月21日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
10月11日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
11月9日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
11月16日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
12月13日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
1987年 | 2月8日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | |
2月15日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
3月8日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
4月12日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
5月5日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
5月10日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
6月14日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
7月12日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
8月9日 | PM2:00 | マーキー(江古田) | ||
8月23日 | PM5:30-9:30 | 麻布十番納涼まつり | ||
10月4日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
1989年 | 11月4日 | PM2:30-3:30 | 代々木公園 | 第12回ふるさと渋谷フェスティバル[83] |
12月10日 | PM7:00 | LIVE SQUARE(横浜) | 彩、スイートコーン | |
12月17日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
1990年 | 2月7日 | PM7:00 | ガソリンアレイ(上馬) | スイートコーン、Mr.ユニット~ジョイントコンサート |
3月3日 | PM2:00/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
3月11日 | PM7:00 | サウンドハウス(新宿) | テイチク アコースティック ミニ LIVE | |
3月14日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
4月1日 | PM7:00 | ガソリンアレイ(上馬) | ||
5月1日 | PM7:00 | サウンドハウス(新宿) | アコースティックナイト | |
5月27日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
8月19日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
8月23日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
9月26日 | PM7:00 | サウンドハウス(新宿) | アコースティック スペシャル ナイト | |
10月7日 | PM2:00/4:00 | マルイ大井町店(女とインテリアの館1F店頭) | ||
10月10日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
10月14日 | PM4:00 | サンシャイン噴水広場(池袋) | 第39回オーディオ・フェア協賛催事 SUNSHINE SOUND STAGE | |
10月30日 | PM6:30 | 相鉄本多劇場(横浜) | ヤマハ・アコースティックサウンドナイト | |
11月3日 | 代々木公園 | 第13回ふるさと渋谷フェスティバル | ||
11月5日 | PM7:30 | ルイード(原宿) | スウィートコーン アコースティック LIVE「スウィートコーンと共に」 | |
12月24日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
12月25日 | PM7:00 | マーキー(江古田) | X'mas アコースティックナイト | |
1991年 | 1月26日 | PM1:30 | キングレコード第2スタジオ(護国寺) | 公開録音 SWEET CORN vs. 花岡幸代 |
2月10日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
5月19日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
6月9日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
9月23日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
10月27日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
10月27日 | 五番街(池袋) | |||
11月4日 | PM6:30 | ルイード(原宿) | ||
12月13日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | ||
1992年 | 2月16日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | |
2月25日 | PM7:00 | 深川座(門前仲町) | S.C. Love Message ライブ | |
3月15日 | PM7:00 | サウンドハウス(新宿) | ||
5月11日 | PM7:30 | コタン(四谷) | ||
10月18日 | PM1:00 | ルミネ7Fアクトホール(新宿) | SONG FOR THE EARTH '92 | |
11月8日 | PM1:30 | ディアラキッズラフォーレ(青山) | ||
11月29日 | PM1:30/3:00 | 東芝銀座セブン1Fプラザ7 | ||
1993年 | 6月12日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | スウィートコーン with RIRINA |
10月24日 | PM6:30 | マーキー(江古田) | スウィートコーン&竹憲 |
脚注
- ^ チェロはSHU(ふじたしゅうさく)君、ピアノはRIRINA(おおくまりりな)さん(コンサートで何度かJOINTあり)による。また1993年10月24日のコンサートではJOINTした和楽器奏者グループの竹憲さん(尺八と琴)とオープニングで「浜辺の歌」「未来からの歌声」を協奏したことがある。
- ^ MUSIC GUIDE 1990年2月号 林哲司フリー&トーク
- ^ 『夕焼け橋』(未リリース曲)の1番はファンの作詞による(2番は木村の作詞のものに置き換え)。情報誌Caminito vol.2による。
- ^ 木村の作詞・作曲『折鶴』(未リリース曲)を蒲谷が歌っていることが知られている。ほかにもライブでは遊び心でボーカルを交代して歌うことがある。
- ^ 初期の頃、フォルクローレに興味を持ち、『ギターよ、教えてくれ』のカバーのほか、フォルクローレ調のオリジナル曲『この胸に帰らない』、『翼(つばさ)』(ともに未リリース曲)をコンサートで歌うことがある。前述の『ギターよ、教えてくれ』を東芝銀座セブンで歌ったときに、歌詞の意味も良く分からずに歌っていたのに、外国人の観客から「おう、きれいなスペイン語ですね」と褒められたというエピソードがある。ライブでのトークから。
- ^ サインは、『Sweet Corn』の下に『Akko♡Hiromi』である。蒲谷が "Sweet Corn Akko♡" を綴ったあと、木村が "Hiromi" と添える。書体は筆記体である。またグループのテーマ曲も作ろうとの話があったが創作するまでに至らなかった。なお、3人組の頃のグループのテーマ曲は「たたえよ!るんぺん」である。
- ^ a b c d e f 『ひとりがたり』でデビュー時のチラシから
- ^ 基本、裏声(ファルセット等)で歌っている。これは、下北沢音楽賞のときに審査員の先生から「トレーニングを頑張ればチェリッシュのエッちゃん(松崎悦子)みたいな声になるから」と励まされて獲得したと言われている。ライブでのトーク、及びプロデューサー兼マネージャー氏による。
- ^ 情報誌Caminitoやライブ通知のはがきのイラストを担当している。小学校5、6年の頃に“シズタン”という雫を模した主人公の4コママンガを描き、高校時代はアニメーション部を立ち上げるなど、この方面でも長けている。情報誌Caminito VOL.10及びライブでのトークから。
- ^ a b c NHKラジオ第1放送『サンデージョッキー』(1985年10月6日 13:00~)、及び1985年7月3日のコンサートでのトークから
- ^ a b c d e f g h 北海道放送HBCラジオ『細坪基佳のネイチャー・オブ・ムーン』(2001年3月18日24:30~25:00)
- ^ 蒲谷はライブでのトークで、自分がナンセンスっぽいものばかり作っているところ、木村は純愛もののラブソングを一人作っていたと述べている。
- ^ a b c d 情報誌Caminito vol.10
- ^ ただし、当該レコードの発売日は1980年であり、出典の情報と相違がある。
- ^ FMぐんま『特別放送 スウィートコーン・スタジオライブ』(1990年9月29日20:30~20:55)
- ^ 情報誌Caminito vol.2に掲載のスイートコーンに10のQuestion & Answerから
- ^ 情報誌Caminito vol.2に掲載のスイートコーンに10のQuestion & Answerで、今まで2人でグループをつづけてきてつらかったことは?の問いに対して、木村は「今思えば何でもないけど3人から2人になった時」と心境を述べている。
- ^ 東芝銀座セブン8Fプラスワンホールで開催された『アマチュア・バンド・フォーク&ロック・コンテスト』で、1981年には第9回が7月26日に、第10回が12月6日にそれぞれ開催されており、そのどちらかに出場している。イベントタイトル及び開催日は、雑誌『ぴあ』の掲載による。
- ^ 情報誌Caminito Vol. 5及びVol. 9によれば、『ひとりがたり』の原曲は『妖精』であり、レコード化するにあたり歌詞の書き換えが行われ、タイトルも『妖精』→『愛をください』→『先輩』→『ひとり』→『涙のエチュード』→『ひとりがたり』と変更されている。これらのうち『妖精』『愛をください』は、コンサートで歌われている。
- ^ 情報誌Caminitoの毎号表紙に掲載
- ^ 口上は、「メンバー 木村弘美 蒲谷明子 スイート感覚のフォークデュオ きっとあなたも やめられないとまらない スイートコーン」である。
- ^ RFラジオ日本1985年5月1日24:30放送(番組名不詳)
- ^ 大阪有線 8ch FMユア・ステーション(FYS)毎週金曜 午後7:00〜10:00 オール・リクエスト・タイム(東京23区、千葉、埼玉の一部で放送)
- ^ 1983年12月25日、池袋「イエローページ」で行われたスイートコーン·クリスマス・パーティーの中でのこと。情報誌Caminito VOL.3による。
- ^ 情報誌Caminito vol.9によれば、Caminito(カミニート)とはスペイン語で『小径』という意味であり、これはスイートコーンとあなたが一緒に歩いて行ける一つの『径』ができたら…と思ってつけたとのこと。タイトルには、「恋人たちの小径 - あなたへ…」の副題が付く。掲載内容は、本人達からのメッセージ、コンサート開催告知、オリジナル曲の歌詞と楽譜、ファンからのコンサートやイベントの報告ほか、寄せられた手紙と写真などである。なお、同名のオリジナル曲がありコンサートで歌われている(インスツルメンタルだけCDリリース)。
- ^ 支援クラブの企画によって1985年4月に狭山湖畔で
- ^ 支援クラブの企画によって1985年8月と1986年8月に西湖 (富士五湖)で
- ^ 情報誌Caminito vol.9
- ^ 詳細は、「ゆきの研究室」 谷山浩子のオールナイトニッポンですのよ! ザ・ベストスリー/ザ・トップスリー 一覧表 を参照のこと。『燃えないロケット』は「頑張れB面友の会」ほかのリクエスト主からの投票で初入賞を果たすも放送局にレコードが無く、ディレクターの森谷氏からレコードを送ってくれたら入賞しなくても掛けるという配慮が放送で伝えられた(1984年8月9日 放送回)。その後レコードが送られ入賞も果たし同曲が放送で流され、森谷氏から上手だとの前向きコメントがなされた(1984年8月16日 放送回)。
- ^ タイトル中のロケットとは、ロケットペンダントのこと
- ^ レコード化にあたり、歌詞が一部変更(補作詞)されている。デビュー前のコンサートでは、変更前の歌詞で歌っている。また間奏とアウトロに収録されている電車の効果音は都電荒川線のものである。FMユア・ステーション(FYS)でのDJのトークから。またプロデューサー兼マネージャー氏によれば、曲の全編に入っている打音は膝を叩いているとのこと。
- ^ プロデューサー兼マネージャー氏の言によれば、挨拶のときに谷山浩子は二人の顔を覗き込んで「本当にいたんだ~。」と言ったとのこと。
- ^ NHKラジオ第1放送『歌の散歩道』(1985年10月22日12:30~)
- ^ 複数のパターンのジングルがある。当時のライブのトーク及び放送の聴取から。
- ^ CDアルバムに20曲を収録する案であったが、レコード会社の移籍に伴い消滅する。プロデューサー兼マネージャー氏による。
- ^ 1986年3月末からオリジナル曲をオケ付きでスタジオ録音したものが存在する(未リリース; デモテープで確認)。このとき「スイートコーンにぴったりだからやりなさい」との淺沼勇氏の提案から、まんが日本昔ばなしのオープニングテーマである『にっぽん昔ばなし』を木村のフラットマンドリンとギター2本でオケを即興演奏して歌い録音に含めている。当時のコンサートでも何度かこのカラオケで歌唱している(コンサートのトークから)。デモテープの曲目は、次のとおりである。
- セブンティーン・ララバイ
- 夕焼け人形
- 沈黙のデュエット
- たんぽぽ記(原題 たんぽぽ忌)
- きらいらいら
- 22才になったら
- セイレーン
- 心の旅(原題 旅)
- もう一度聞かせてよ私の大好きな歌を
- 花うらない
- にっぽん昔ばなし
- ^ プロデューサー兼マネージャー氏によれば、レコード会社の移籍はアルバムを早くリリースするための一環だとのこと。移籍先として幾つかのレコード会社を検討していたが、話が手際良く進んだのがこちらの会社だとのこと。
- ^ ふるさと渋谷フェスティバル'89(1989年11月4日)で復帰後の最初の屋外ライブ・コンサートがあり、その際に配布されたチラシから。それ以前にも何度かグループ名の変更の検討があったようである(ライブでのトークから)。
- ^ コンサートでの発表当初、同曲のタイトルは「シリアス・ムーンライト」であったが、CD化に伴い変更された。それに伴い歌詞も一部変更された。
- ^ 1991年5月19日の東芝銀座セブンでのミニコンサートで、オリジナル曲集とカバー曲集のどちらが良いかのアンケートが行われた。また、1991年11月4日のルイード(原宿)のコンサートで全曲オリジナル曲になった経緯について触れたときに、カバー曲の候補としてチェリッシュの「ひまわりの小径」、ジャックスの早川義夫の「サルビアの花」、ベッツィ&クリスの「夏よお前は」が挙げられたほか、ふきのとうやかぐや姫のグループの曲も対象であった旨が語られた。
- ^ オリジナルアルバム『SECOND WIND』に同梱のアンケートはがきから
- ^ 当時のコンサートでのトークから
- ^ 本CMは次の動画の14:58からを参照されたい。懐かCM 2 1992~95年 マイナーCM 東海圏
- ^ コンサートでは『愛を感じて』と改題して歌唱している。
- ^ 日本青年会議所70周年記念誌(明日への黎明)
- ^ 作詞:武田千寿子 作曲:木村弘美 歌:スウィートコーン
- ^ 収録曲は、歴代に創作してきたオリジナル曲を改題したものに加えて、新たに創作された曲を交えている。
- ^ オリジナルアルバム『SECOND WIND』と同タイトルであるも、同アルバムには未収録である。ただし、同アルバムのリリース時には既にコンサートで歌われている。
- ^ 番組ではリスナーからのお便りの紹介のほか、アコースティック・ギターによる生演奏での歌唱も行われた。
- ^ 『メモワール』のリリースチラシから
- ^ 学園祭では、『青いスキャット』(作詞・作曲:深野義和;未リリース曲)で生徒にステージへ上がってもらい、1番と2番の間に台詞を喋らせて盛り上がるのが定番である。台詞は、「好きなのに 好きだって言えない 可哀想な迷い子達... 教えて下さい 片想いは どこへ消えるのですか? 教えて下さい 片想いは どこへ帰って行くのですか?」である。
- ^ ふるさと渋谷フェスティバルには、たびたび出演している。
- ^ ライブハウスで初めてコンサートを行ったのは、甚六屋(北千住; デビュー前)である。そのときの観客は1人だったとのこと(『夕焼け橋』の1番の作詞者)
- ^ プロデューサー兼マネージャー氏は同店/会社の役員であり、活動・出演の場所として提供された。
- ^ 店長が日程を失念し墓参りに出掛けて開場出来ずも、出演者も観客も集まっていたのでやむなくドア前での上演になった。
- ^ 岳麓新聞1984年1月19日
- ^ 情報誌Caminito vol.6
- ^ 幾つかの例を挙げると、著名な歌謡曲のタイトルをつないでストーリーにまとめた『知っていますか』、女の子の間の恋愛に纏わる噂話を綴った『うわさばなし』、支援クラブ主催のキャンプで蒲谷とファンの一人との出来事を歌った『黄昏ロマンチックドリーム』、恋人同士の二人の関係を食べ物の状態又は食べ合わせの良し悪しで例えた『過ぎ去った思い出は何?』がある(いずれも未リリース曲)。
- ^ 歌ったことのある曲目はおよそ次のとおりであり(五十音順)、2枚目のアルバムをカバー曲集としてリリース出来るだけのレパートリーがある。
- ^ 『きみのゆめ ぼくのゆめ』(作詞・作曲:三宅行彦)
- ^ 1曲目は『クリスマス・ナイト』であり、インスツルメンタルを『HARVESTIII HIROMI KIMURA』収録の『聖夜』としてリリースしている。2曲目は『SECOND WIND』収録の『あのイブに戻りたい』である。
- ^ 『教えて - Tell me why -』(未リリース曲)は、酒井法子に贈られた。
- ^ 用意している曲は、木村が『ときめき風白書』で、蒲谷が『自殺への第一章』である(ともに未リリース曲)。
- ^ 『セカンドウインド』に同封されていたメモほかによる。
- ^ スウィートコーン日記(UNGA! NO.075『スウィートコーン蒲谷明子の空飛うさぎ vol.1』からの転載に続き、初回2001年4月17日から最終回2003年5月14日まで全26回)。当時のURLは、http://gobangai.jp/sweetcorn/diary.html、http://sweetcorn.net-tv.net/である(ともにリンク切れ)。
- ^ ジャケット裏面の写真の撮影場所は、志村坂上『五番街』のスタジオである。
- ^ 同曲はデビュー前からカバーで歌ってる十八番の一曲である。またCDへの収録に因んでサルビアの種をプレゼントされて撒くも、途中で枯れて花を見ることが出来なかったというエピソードがある。ライブでのトークから。
- ^ ジャケット写真の撮影地は、河口湖である。
- ^ コンサートでの発表は、アルバム『SECOND WIND』に収録されている『お元気ですか Part II』のほうが先行しており、タイトルを『お元気ですか』として紹介している。しかし、アルバム『お元気ですか』の制作時に、木村は当時の心境から元々の『お元気ですか』を収録することを見送り、別曲を即興で作詞・作曲して『お元気ですか』として収録することになった経緯がある。そのあとに改めて、元々の『お元気ですか』を『お元気ですか Part II』に改題してアルバム『SECOND WIND』に収録している。
- ^ 同曲は、木村のオルゴールのコレクションにレモン・トゥリー(Lemon Tree)の曲のものがあり、そこからの引用と創作だと述べている。それを遡り、1985年3月頃に東芝EMIから指示があってレモン・トゥリーを英語の歌詞で歌って録音しているので、そこでも関連がある。なお、コンサートで1度歌っただけでアルバムに選曲しようとしたときには2番の歌詞を失念していて、コンサートを録音していたファンに助けてもらったというエピソードがある。
- ^ タイトルはアルバムの2枚目ということもあるが、マラソンなどの競技中に長時間の疲労状態が続くと、ある地点から心拍等が安定しだして比較的楽になる状態を表す用語である『セカンドウインド』の意味も含めて命名されている。
- ^ 創作時にはアレンジが多少異なる。アルバム収録のものはコンサートでのスタンダートな歌い方であるが、別アレンジで歌われることがある。
- ^ ジャケットの写真は1990年10月30日(横浜 相鉄本多劇場)のときのもの、その裏の写真は1985年7月3日(新宿ルイード;2部ステージ)のときのものである。また、歌詞カード中央見開きに掲載されている写真は、左側が1985年6月14日(渋谷La.mama; HALFTY CONCERT Vol. 1にゲスト出演; 二人の立ち位置が左右逆)のときのもの、右側が1991年11月4日(原宿ルイード)のときのものである。
- ^ 同曲の歌詞に出てくる小さな駅とは、のと鉄道能登線の恋路駅である。
- ^ コンサートの曲目紹介では、副題「- 君の心に警報 -」が付けられている。
- ^ 曲名を『虹の道しるべ』に変更したとコンサートで語っていたが、アルバム収録では元に戻された。
- ^ 本曲はコンサートで歌っていない。サンプル音源での曲名の同定である。
- ^ 本アルバムの企画側がオープニングの本曲を歌う歌手を探しているときに、プロデューサー兼マネージャー氏に相談があり、『スイートコーンでどう?』と提案したところ大変喜ばれて即決されたとのこと
- ^ ライブハウス各所での開催分は雑誌『ぴあ』『Weeklyぴあ』で確認しているが、掲載の無い会場については情報誌Caminito及び現地見分の範囲であるので欠落があり得る。また東芝銀座セブンの開催分は『Weeklyぴあ』になった1990年11月15日以降に催事詳細の掲載が無くなったので、現地見分の範囲でありこちらも欠落があり得る。
- ^ 本コンサートは「フォークの集い」として、1984年11月11日の同ライブハウスでのコンサートと同様に前座枠でスイートコーンの仲間たちが演奏した。情報誌Caminito VOL.9及び現地見分から。
- ^ ひな祭りコンサートということもあり、『うれしいひなまつり』のオリジナルの1番と2番に続いて、二人の作詞による替え歌の3番が歌われた。3番の歌詞は、「今日は江古田のマーキィで みんないっしょに 歌いましょ スイートコーンてかわいいネ 今日はたのしい ひなまつり 今日はたのしい ひなまつり」である。当日配布のチラシから。
- ^ コンサートのタイトルは、二人を指導していた淺沼勇氏が情報誌Caminito Vol. 9に寄稿した「スイートコーンに寄せて」のコメント中の「ピースの香りと初恋の人の美しさ、思い出して見ませんか?」から引用している。コンサート当日のトークから。
- ^ ここへの出演が活動再開後の最初のコンサートであり、オープニングの1曲目は『燃えないロケット』である。
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