サルヴァトーレ・フェラガモとは? わかりやすく解説

フェラガモ【Salvatore Ferragamo】


サルヴァトーレ・フェラガモ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/19 13:48 UTC 版)

サルヴァトーレ・フェラガモ
Salvatore Ferragamo
1959年
生誕 (1898-06-05) 1898年6月5日
イタリアボニート
死没 1960年8月7日(1960-08-07)(62歳没)
イタリアフィレンツェ
出身校 南カリフォルニア大学
職業 靴職人デザイナー
著名な実績 フェラガモの設立
代表作
配偶者 ワンダ・フェラガモ英語版
子供 6人
署名
テンプレートを表示
サルヴァトーレ・フェラガモ S.p.A
Salvatore Ferragamo S.p.A.
本店所在地 イタリア
フィレンツェ
設立 1927年
業種 靴および服飾品の製造
代表者 レオナルド・フェラガモ(会長)
売上高 € 11億3600万(2021年)
外部リンク www.ferragamo.com
テンプレートを表示
1938年より本社を置くフィレンツェのスピーニ・フェローニ宮殿イタリア語版

サルヴァトーレ・フェラガモフェッラガーモイタリア語: Salvatore Ferragamo1898年6月5日 - 1960年8月7日)は、イタリア靴職人デザイナー。また、彼によって1927年に設立され、その家族によって展開されてきた高級ファッションブランド、および同ブランドを運営する企業。

創業当初より靴をメイン商品として展開するが、創業者の妻や子供たちの手によりプレタポルテバッグ財布香水などの分野にも進出し、現在ではトータルラグジュアリーメゾンとしての地位を確立している。

2022年、ブランドをよりモダンで洗練されたイメージに刷新するため、ブランド名をサルヴァトーレ・フェラガモSalvatore Ferragamo)からフェラガモFERRAGAMO)に短縮し、創業者の筆跡を模った筆記体ロゴから、ルネサンスの芸術家にインスピレーションを与えた太古の石刻文字にインスパイアされた、よりシンプルなブロック体ロゴに変更した[1]

人物

フェラガモと家族(フィエーゾレ
フェラガモ・ミュージアムに保管されているオードリー・ヘプバーンの靴の木型
アンディ・ウォーホルが履いていたフェラガモ製革靴の復刻

サルヴァトーレ・フェラガモは、イタリア南部カンパニア州アヴェッリーノ県ボニートで生まれた[2]。大家族で14人兄弟のうちの11番目だった。最初にサルヴァトーレが靴を作ったのは9歳の時で、教会の儀式に参加する妹の靴だったという。11歳の時、自宅で靴屋を開業、15歳でアメリカのカウボーイブーツの工場で働いていた兄弟の一人がいるボストンに渡る。その後カリフォルニアに移り、サンタバーバラで映画の衣装として靴を製作したり、ハリウッド俳優らを顧客にし「スターの靴職人」と名声を集める。また、足を痛めない靴を製作するため、南カリフォルニア大学解剖学を修めた。1927年、13年間いたアメリカからイタリアに戻りフィレンツェで「サルヴァトーレ・フェラガモ」を開業。大恐慌の余波を受け1933年一度倒産するが、イランソラヤー・エスファンディヤーリー・バフティヤーリー元王妃などの王侯、イギリスウィンザー公爵夫人ウォリス・シンプソンインドマハラジャなどの貴族エヴァ・ペロン等の有名人の顧客を獲得し復興した。

その他、顧客にはイングリッド・バーグマンマリリン・モンローオードリー・ヘプバーンソフィア・ローレンマレーネ・ディートリヒジュディ・ガーランドカルメン・ミランダキャサリン・ヘプバーングレタ・ガルボグロリア・スワンソンメアリー・ピックフォードリタ・ヘイワースエヴァ・ガードナーゲイリー・クーパーローレン・バコールジーン・ティアニークローデット・コルベールシルヴァーナ・マンガーノポーレット・ゴダードアンナ・マニャーニヴィヴィアン・リーベティ・デイヴィスラナ・ターナーなど、多数のイタリアやハリウッドの映画俳優がいた。

1947年に発表され、革命的と言われた「見えない靴」、ウェッジ・ヒール、プラットフォーム・ソールなどを生み出し、数々の特許を取得した。

主な受賞歴

  • ニーマン・マーカス賞(1947年)

ファッションブランドとして

2011年メンズ秋コレクション

1960年の創業者の死後も、妻ワンダ英語版や子供たちによる同族経営によってブランドは引き継がれ、「頭のてっぺんからつま先までフェラガモで装う」といったトータルファッションブランドへと躍進させたいという創業者の想いに応えるべく、妻ワンダによる総指揮のもと、1967年にはレディースのプレタポルテラインをスタートさせて次女ジョヴァンナが、1970年にはメンズのプレタポルテラインをスタートさせて次男レオナルドが、1971年にはスカーフネクタイのラインをスタートさせて三女フルヴィアが、それぞれ中心となって発展させていき、それ以降世界でも有数のトータルラグジュアリーメゾンとして躍進を遂げた。

1970年代には、本社を置くスピーニ・フェローニ宮殿イタリア語版の門にあしらわれた鉄細工がインスピレーション源となり、イタリア語で「小さなフック」という意味を持つ、ギリシャ文字Ωに似た形状の飾り金具「ガンチーニ」(Gancini)がバッグに初めて採用され、現在ではブランドシグネチャーとして知られるようになっている[3]。さらに同年代後半には、長女フィアンマが快適さとエレガンスの両立を目指してデザインしたローヒールパンプス「ヴァラ」(Vara)が鮮烈なデビューを飾り、その象徴的なグログランリボンとゴールドプレートの意匠もまた、現在では「ガンチーニ」とともにフェラガモのアイコンとなっている。

近年ではフォーマルシーンで英国王室キャサリン王妃がバッグを使用している姿や[4]ウィリアム王子がネクタイを着用している姿[5]スペイン王室レティシア王妃がドレスを着用している姿や[6]モナコ公室シャルレーヌ公妃がサングラスを着用している姿[7]がキャッチされるなど、靴のみならずさまざまなアイテムが世界各国のロイヤル・ファミリーセレブリティに男女問わず愛用されている。

ブランドイメージ

フェラガモが有するブランドイメージの中核となっているのは、家族経営や"メイド・イン・イタリー"へのこだわりと、伝統的な職人技、そして貴族の遺産とミッドセンチュリーハリウッドの魅力のバランスをとる、古き良きヨーロッパ旧世界)やフィレンツェのルネサンス美学に深く根ざした、派手さよりも本質的な価値と品格を重視する、洗練された由緒ある富裕層のラグジュアリー・ファッションスタイル(オールドマネー・アエステティック)であるが、近年では前述したブランド名とロゴの変更などを通じて、若年層の取り込みやブランドイメージの拡張を図っており、古典的な遺産とより現代的な魅力を融合させようとしている。

脚注

外部リンク


サルヴァトーレ・フェラガモ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/27 11:25 UTC 版)

オードリー・ヘプバーン」の記事における「サルヴァトーレ・フェラガモ」の解説

イタリアの靴デザイナーであるサルヴァトーレ・フェラガモとは1954年から親交があり、ヘプバーンの足の木型は現在でもフィレンツェのサルヴァトーレ・フェラガモ博物館所蔵している。1999年にはそのフェラガモ博物館で「オードリー・ヘプバーン:私のスタイルAudrey Hepburn, a woman, the style)」と銘打った展示会開かれ2000年〜2001年には日本各地巡回した。この展示会ヘプバーン映画私生活での衣装や靴、写真など大量に展示される大規模な展示会だった。フェラガモ虐待児童ケアするオードリー・ヘプバーン・チルドレンズ・ハウスを作る資金集めると発表し、この展示会収益もこれに充てられた。(2004年2009年には息子ショーンによって、「timeless audrey」展という大規模な展示会世界で開かれた。こちらも世界先駆けて2004年2005年日本全国巡回している。)

※この「サルヴァトーレ・フェラガモ」の解説は、「オードリー・ヘプバーン」の解説の一部です。
「サルヴァトーレ・フェラガモ」を含む「オードリー・ヘプバーン」の記事については、「オードリー・ヘプバーン」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「サルヴァトーレ・フェラガモ」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「サルヴァトーレ・フェラガモ」の関連用語

サルヴァトーレ・フェラガモのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



サルヴァトーレ・フェラガモのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのサルヴァトーレ・フェラガモ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのオードリー・ヘプバーン (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS