さ‐も【▽然も】
サモ
サモ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/27 05:36 UTC 版)
人名
- サモ - サモ王国の王。
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- サモ王国 - 7世紀の最初のスラブ人の政権。
- サモ・ハン・キンポー - 香港の俳優・映画監督。
- サモ・フバット - オーストリア出身の指揮者。
その他
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サモ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/26 04:09 UTC 版)
サモ(Samos) はハリーオン系らしい典型的なステイヤーで、3歳時にロワイヤルオーク賞(3100メートル)に勝ったほか、ヨーロッパの長距離戦線で長く活躍した。イギリスではSamosという競走馬が過去にいたので、SamosIIIと表記される場合もある。 サモ Samos 血統 ハリーオン系 性 牡馬 Sheshoon1956年 栗毛 アイルランド Precipitation Hurry On 毛色 栗毛 Double Life 生年 1964 Noorani Nearco 生産地 ドイツ Empire Glory 生産者 Solotänzerin1954年 栗毛 ドイツ Ticino Athanasius 馬主 マルジ・バチャーヌ伯爵夫人 Terra 調教師 Sansovina Niccolo Delarca 成績等 Serangela F-No.- 主な勝鞍 ロワイヤルオーク賞、ラロシェト賞、グラディアトゥール賞、ゴールドカップ2着 サモは祖母の父がハリーオン系のニコロデラルカで、ニコロデラルカはネアルコの半弟であるから、サモにはハリーオン3×5とノガラ4×4、そしてファロス4×5という込み入った近親交配が行われている。 サモは3歳の秋にラロシェト賞(3000メートル)、フランスのセントレジャーに相当するロワイヤルオーク賞に勝った。翌年(1968年)には、春のバルブヴィル賞(3100メートル)で短首差、短首差の3着になり、ジャンプラ賞(3100メートル)とアスコットゴールドカップ(4023メートル)で2着、さらにケルゴルレイ賞(3000メートル)で3着になった。これらの競走を勝ったのは全てパルダロ(Pardallo)だった。 このあとサモは2400メートルの競走に挑んだが、サンクルー大賞典(2400メートル)で6着、凱旋門賞(2400メートル)でも8着に敗れた。2400メートルではサモにとっては距離が短すぎるのは明らかだった。凱旋門賞の後、適距離にもどったグラディアトゥール賞(4800メートル)ではロシア皇太子ハンデキャップ優勝馬のメジャーローズ(Major Rose)に2馬身半差をつけて快勝した。 サモは5歳になっても走ったが、バルブヴィル賞3着、ジャンプラ賞2着、カドラン賞3着、ケルゴルレイ賞3着と善戦どまりだった。 サモはブラジルで種牡馬になり、南米で大成功して父系を広げた。その子孫は2000年代にも南米で走っている。
※この「サモ」の解説は、「ハリーオン系」の解説の一部です。
「サモ」を含む「ハリーオン系」の記事については、「ハリーオン系」の概要を参照ください。
「サモ」の例文・使い方・用例・文例
- タンドーリチキン2切れとサモサを食べた。
- 私はサモワールにティーポットを載せた。
- サモイェード語族で通信することができる
- サモアの送信機は、呼び出しを感知した
- サモアまたはその人々またはその言語またはその文化の、あるいはそれらに関するさま
- サモアの水産業
- シベリア北西部で暮らすサモイェード族が使うウラル諸語の1つ
- シベリア北部のサモイェード族が使うウラル諸語
- オスチアック・サモイドによって話されるウラル語
- 南太平洋、サモアの東にある仏領ポリネシアの群島
- 南太平洋のサモア諸島西部を占める立憲君主国
- 西サモアの首都
- サモア島の東部を占める米国領
- アメリカ領サモアの港
- シベリアのタイミル半島に住む人々のサモエード語派の一員
- オスチャックの人とサモエード族の起源がある人の混血の1人
- シベリア北西部のサモイェード語を話す民族
- サモア諸島の出身者、または、居住者
- 基部のロゼットにうぶ毛の生えた葉と黄色い花と長いバルサムのにおいのつけられた主根をもつバルサモリア属の植物
- 主として雌雄同株で通常水生の草本(フサモのような)
- >> 「サモ」を含む用語の索引
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