ハリーオンとは? わかりやすく解説

ハリーオン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/01 08:33 UTC 版)

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ハリーオン
欧字表記 Hurry On
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1913年
死没 1936年
Marcovil
Tout Suite
母の父 Sainfoin
生国 イギリス
生産 William Murland
馬主 James Buchanan
調教師 フレッド・ダーリング英語版
競走成績
生涯成績 6戦6勝
獲得賞金 3,248 ポンド[1]
 
勝ち鞍
ジョッキークラブカップ 1916年
セントレジャーステークス 1916年
繁殖成績
タイトル 英愛リーディングサイアー 1926年
英愛リーディングBMS英語版 1938年, 44年, 45年
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ハリーオンHurry On 1913年 - 1936年)は第一次世界大戦の最中にイギリスで活躍した競走馬であり、後年種牡馬としても成功を収めた。

来歴

父はケンブリッジャーステークスの優勝馬マルコヴィル、母はトウトスイトである。オーナーはウィスキー醸造で財を成したジェイムス・ブキャナン、調教師はのちに歴史的名調教師としての評価を受ける、フレデリック・ダーリングであった。

現役時代

相当な巨漢馬であったため、仕上がりが遅れ、初出走は3歳の6月であったが、戦時中のためニューマーケット競馬場で開催されたセントレジャーや、ジョッキークラブカップなど6戦のすべてを圧勝して、無敗のまま現役を終えた。ニューベリーステークスでは同年の1000ギニー勝ち馬を破り、セプテンバーステークスでは同年の2000ギニー勝ち馬を負かしている。

種牡馬時代

ハリーオンは種牡馬としても大成功を収め、3頭のダービーキャプテンカトルコロナックコールボーイや、アスコットゴールドカップに勝ち、種牡馬としても成功したプリシピテイションなど、多数の活躍馬を輩出し、1926年にはイギリスリーディングサイヤーとなった。同じ1926年のアメリカのリーディングサイヤーは、同じマッチェム系マンノウォーであり、マッチェム系は空前の繁栄を迎えていた。また、同じ頃日本では同系のチャペルブラムプトンがリーディングサイヤーになっている。

血統表

ハリーオン血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ハリーオン系/マッチェム系
[§ 2]

Marcovil
1903 栗毛 イギリス
父の父
Marco
1892 栗毛 イギリス
Barcaldine Solon
Ballyroe
Novitiate Hermit
Retty
父の母
Lady Villikins
1885 栗毛 イギリス
Hagioscope Speculum
Sophia
Dinah Hermit
The Ratcatcher's Daughter

Tout Suite
1904 栗毛 イギリス
Sainfoin
1887 栗毛 イギリス
Springfield St. Albans
Viridis
Sanda Wenlock
Sandal
母の母
Star
1887 栗毛 イギリス
Thurio Cremorne
Verona
Meteor Thunderbolt
Duty
母系(F-No.) (FN:2-d) [§ 3]
5代内の近親交配 Hermit 父内 4×4=12.50%、 Stockwell 母内 5×5×5=9.38% [§ 4]
出典
  1. ^ [2]
  2. ^ [3]
  3. ^ [2]
  4. ^ [2]

関連項目

参考文献

脚注

  1. ^ Birch, Franklin E., Pedigrees of Leading Winners 1912-1959, The Thoroughbred Breeders Assoc., London, 1960
  2. ^ a b c 血統情報:5代血統表|Hurry On(GB)|JBISサーチ(JBIS-Search)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2017年12月27日閲覧。
  3. ^ Hurry Onの血統表”. netkeiba.com. 2017年12月27日閲覧。

外部リンク


ハリーオン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/26 04:09 UTC 版)

ハリーオン系」の記事における「ハリーオン」の解説

ハリーオンは第1次世界大戦中のイギリス馬である。戦争影響代行競走として行なわれセントレジャーや、ジョッキークラブカップ含め、6戦全勝引退し種牡馬となった極めて大きな馬で、体高17ハンド=約173センチもあった。そのほか胸囲82 1/2インチ管囲9 3/4インチと、雄大な馬格を有していた。こうした体格特徴は、父系ソロンウェストオーストラリアンにも共通する特徴だった。 種牡馬になると、キャプテンカトルコロナックコールボーイの3頭の英国ダービー馬を出し1926年にはイギリスのチャンピオンサイヤーになった。ハリーオンと同時期に種牡馬ランキング争ったのは、ザテトラークファラリスゲインズボローサンインローである。ハリーオンの血統的特徴セントサイモン系の血を全く持たない点にあり、『サラブレッド世界』の著者サー・チャールズ・レスターは、ハリーオンを、『明らかに偉大な種牡馬』で、ハイペリオンフェアウェイファロスネアルコに次ぐ重要な種牡馬で、ブランドフォードゲインズボロートウルビヨンカーバインザテトラーク同等に位置づけている。産駒のうち、種牡馬として最も成功したのはアスコットゴールドカップなどに勝ったプレシピテーションだった。 詳細は「ハリーオン」を参照

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