グレート・ムタとしてのエピソード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 18:50 UTC 版)
「武藤敬司」の記事における「グレート・ムタとしてのエピソード」の解説
ムタの顔にはしばしば「炎」や「忍」などの漢字が書かれているが、これは武藤が鏡を見ながら自ら文字を書いているため、「忍」の字が裏文字になっている。(NWA時代は「忍」「者」であった) 武藤としての項目で記載した通り、WWEに出場したことはないものの、WCWでの活躍から未だもってアメリカでのネームバリューは高く、人気・知名度ともに日本人レスラーの中ではトップクラスである。事実、前述のTNA所属のKIYOSHIのプロモ映像で武藤としてスティングと共に出演し、スティングはかつてムタと戦ったことに触れながらKIYOSHIに期待するコメントを送り、ナレーターも彼の弟子であることを強調するなど、現在でも影響力の大きいことが窺える。(同時期、TNAの番組内においてバックステージでインタビュー中のクリスチャンの元へも現れ、失礼な質問をした彼を毒霧で威嚇する様子が見られている。) 試合中にバックステージに退場して武藤からムタに変身した試合が2度(1994年4月、1997年3月)、ムタから武藤に変身した試合が1度(1997年9月)あり、いずれも蝶野が絡んでいる。武藤からムタの一つとして、1994年4月の広島グリーンアリーナにおける天龍源一郎とのタッグマッチにおいて試合当初から締りの無い試合運びをする武藤を見かねた天龍が試合中に、マイクを持ち「だらしない試合をしやがって。ムタで来いよ」という喝ともいえる挑発があり、すかさずパートナーの蝶野をリング内に一人にし、およそ4分でムタとなりリングに戻ってきた。 闘魂三銃士で唯一、猪木とのシングルマッチを実現させて、IWGPヘビー級王座のタイトルを最も早く獲得したのはムタである。 諏訪魔戦では三冠ヘビー級チャンピオンに返り咲き、別キャラクターではあるが、同一選手がIWGPヘビー級と三冠ヘビー級のベルトを同時に保持したのは、2005年の小島聡以来二人目である。 かねてよりムタの大ファンであると公言しているザ・ロックとは、お互い携帯電話の番号を交換している仲。ザ・ロックはそのことを「俺はグレート・ムタから電話してもらったことがあるんだぜ。すごいだろ?」と周りのレスラーに自慢している。 妻の芦田久恵と婚約した頃、ムタとして試合に登場し、そのファイトぶりでリングサイドで観戦していた彼女の両親をひかせてしまい、結婚を考え直した方がいいんじゃないかという話にまで発展したことがある。 2007年にテレビ朝日系列で放送されたSmaSTATION!!での花粉症特集で武藤敬司として出演した際に、「グレート・ムタで試合をする時に、毒霧を吹かなきゃいけないのに、試合前に鼻づまりが起きて、呼吸困難になるかなという不安感があったが、結果的には大丈夫だった」と、花粉症にかかったことを明かしている。 2019年、ムタとして初めてノアのリングに登場し丸藤正道と闘った際、カメラマンの持っていたハンディカメラを破損させてしまった。
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