オランダ貿易会社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/23 08:23 UTC 版)
「ABNアムロ銀行」の記事における「オランダ貿易会社」の解説
ABNはオランダ貿易会社(Nederlandsche Handel-Maatschappij)を起源とする。オランダ領東インド(蘭印)の貿易活動を再興し、ウィーン体制を経済的に確立せんと1824年に設立された。本社は最初ハーグにおかれたが、すぐにアムステルダムへ移された。本社の事務総裁の下に事務部門が稼働し、更に五つの実務部門がおかれた。1825年に上海へ事務所を開いた。オランダ貿易会社は蘭印のプランテーション作物の輸出を金融したが、その利益は1840年から1880年まで毎年平均で1800万グルデンの国庫収入をもたらした。国家予算の実に1/3を稼ぎ出したのである。同社自身も広大なプランテーションを経営し、この間1858年にシンガポールへ事務所を設けた。プランテーションの漸次廃止にともない同社は銀行業へ前向きとなり、1874年に両替商と証券取引を禁止されそうになると、1882年にバルタザール(Balthasar Heldring)が表向き同社を工業会社へ仕立て上げ、その裏で銀行業へ転換させた。 1903年に上海へ支店を出して以来1946年まで、オランダ貿易会社は上海ドルを流通させ通貨発行益を貪った。 1926年ジッダにサウジ・オランダ銀行(Saudi Hollandi Bank)を設立し、蘭印からの移住者の便宜を図った。この銀行はサウジアラビアにおいて金本位制の中央銀行として活躍し、同国最初の石油取引を仲介した。1936年まで支店網は拡大しなかった。 第二次世界大戦後にオランダ貿易会社は多くの支店を展開した。
※この「オランダ貿易会社」の解説は、「ABNアムロ銀行」の解説の一部です。
「オランダ貿易会社」を含む「ABNアムロ銀行」の記事については、「ABNアムロ銀行」の概要を参照ください。
- オランダ貿易会社のページへのリンク